本の覚書

本と語学のはなし

TIME April 2, 2018

Time Asia [US] April 2 2018 (単号)

Time Asia [US] April 2 2018 (単号)

  • 発売日: 2018/03/24
  • メディア: 雑誌
 たまには文法の話を。

A functioning brain coupled with what little of his body held off ALS was enough for him to have a life far more active than that of most able-bodied individuals and a life of the mind that exceeded others’ by many multiples. (p.13)

 Lisa Randall によるホーキング博士の訃報から。
 What は先行詞を兼ねた関係代名詞として習うが、ちょっと特殊な用法として、形容詞として用いられるときに「少ないながらあるだけの」という意味を含むことがある。
 江川泰一郎『英文法解説』(金子書房)の例文を書き抜いておく。

 Since my room is small, I use what (little) space there is.
 (部屋が狭いものだから、[わずかな] スペースを全部使っています)(§62)

 ホーキング博士にとっては、十全に機能する脳と ALS(筋萎縮性側索硬化症)に蝕まれずに済んだ肉体のわずかな部分のみで十分であった。それだけで彼は健常者よりずっとアクティヴに生きることができたし、精神世界においてははるかに抜きんでることができたのである。

The French aristocrat turned fashion designer changed the way the world saw Parisian chic, with his simple yet refined designs that spoke not only to the power of a woman’s femininity, but also to the demands of her real life. (ibid.)

 Cady Lang によるジヴァンシーの訃報から。
 一見、接続詞もないのに本動詞が二つ用いられる破格構文かと思うかもしれない。口語ならばそれであまり問題はないだろう。フランスの貴族がファッションデザイナーになって、パリのシックに対する世間の見方を変革した。
 だが、正式な文章においてそのようなことは普通しない。形の上から見分けは付かないが、ここでは一方が動詞の過去形であり、一方が過去分詞なのである。
 過去分詞が形容詞として名詞を修飾するとき、それは受動の意味だと習う。大多数はそうに違いない。しかし、受け身になりうるのは他動詞だけである。すなわち、直接目的語を取る第三から第五文型の動詞だけである。
 ところが、過去分詞の形容詞用法は他動詞のみに限られない。Fallen leaves は落ち葉のことであるが、fallen は第一文型の動詞の過去分詞だ。自動詞だから受動の意味にはならない。自動詞は完了の意味になるのである。
 ここからは高校では習わない範囲になる。自動詞にはもう一つ、第二文型の動詞が含まれる。そして第二文型の動詞の過去分詞にもまた、形容詞用法は存在するのである。やはり完了の意味を表す。
 薬袋善郎『基本からわかる英語リーディング教本』(研究社)の例文を書き抜いておく。

 He is a Christian turned Buddhist.
 彼はキリスト教徒から仏教徒に改宗した人だ。(§50)

 主語は he、本動詞が is、補語が a Christian、turned は第二文型の動詞の過去分詞で、補語となる Buddhist とともに後ろから前の名詞を修飾している(関係代名詞の省略などではない)。仏教徒になったキリスト教徒、すなわちキリスト教から仏教に改宗した人、元キリスト教徒で現仏教徒ということである。
 ジヴァンシーの記事に戻ろう。主語は the French aristocrat で、turned fashion designer の過去分詞句が後ろからこれを修飾している。本動詞は changed、 the way 以下が目的語の節となる。
 フランスの貴族でありながらファッションデザイナーに転身したジヴァンシーは、パリのシックというものに対する世間の見方を変革した。そのシンプルながらも洗練されたデザインは、女性がもつ女性らしさという力を引き出したのみならず、女性の実生活の要求に応えるものでもあった。