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本の覚書

本と語学のはなし

目からウロコ 十字架の道行/来住英俊

十字架の道行 (目からウロコ)

十字架の道行 (目からウロコ)

 ヴィア・ドロロサを偲ぶために、十四留のレリーフの前で祈り黙想するのが十字架の道行である。
 『カトリックの祈り』に従って、その十四の場面を書き出すと次のようになる。

一留  イエス、死刑を宣告される
第二留  イエス、十字架をになう
第三留  イエス、初めて倒れる
第四留  イエス、母マリアに会う
第五留  イエス、クレネのシモンの助けを受ける
第六留  イエス、ベロニカより布を受け取る
第七留  イエス、再び倒れる
第八留  イエス、エルサレムの婦人を慰める
第九留  イエス、三度倒れる
第十留  イエス、衣をはがされる
第十一留 イエス、十字架につけられる
第十二留 イエス、十字架で息をひきとる
第十三留 イエス、十字架から降ろされる
第十四留 イエス、墓に葬られる

 各留の前での祈りにはパターンがある。

先唱 主イエス・キリスト、あなたは尊い十字架と
   栄えある復活によって、世界を救ってくださいました。
一同 わたしたちはあなたを礼拝し、賛美します。


先唱 ○○○○
一同 主イエス・キリスト、××××


先唱 主イエス・キリスト
一同 信仰の弱いわたしたちを助けてください。勇気をもってあなたの道を歩み、
   神と人々への愛に生きることができますように。アーメン。


 来住(きし)によれば、「道行の祈りの究極は自分でテキストを書くこと」だそうだ。
 本書は、御受難会「黙想の家」(福岡)の野外に設置されたレリーフの前で祈りつつ、来住自身が書きあげた十字架の道行の祈りである。真ん中の「○○○○」と「××××」の部分に、来住のオリジナルの言葉が入る。
 第三留の祈りで、『カトリックの祈り』と来住のテキストとを比較してみる。

先唱 昨夜からのむごい仕打ちで痛めつけられたイエスに、
   今はもう重い十字架を引きずって石畳の道をたどる力は残っていません。
   足はよろめき、肩に食い込む十字架に押しつぶされて、
   思わずお倒れになりました。
一同 主イエス・キリスト、あなたは神のみ心に背くわたしたちの罪の重さを
   全身でお感じになりました。罪を繰り返すうちにその恐ろしさに鈍く
   なっているわたしたちが、自分の罪の重さに気づき、神のみ前に身を
   かがめてゆるしを願うことができますように。

  しっかりと担いだ十字架ですが、重いものはやはり重い。
   それに加えて、前夜からの尋問や拷問でイエスの体は疲れ果てています。
   ついに、地面にお倒れになりました。
  主イエス・キリスト、地面にお倒れになったとき、あなたは何を
   ご覧になったでしょうか。エルサレムの石畳、石ころや砂、その間から
   けなげに頭を出している小さな草が、目のすぐ前に迫って見えたのでは
   ないでしょうか。私も倒れたときには、今まで高みから見下ろしていた
   小さなものを、目のすぐ前に見ることでしょう。
   そして、今まで知らなかった美しさを知ることでしょう。


 本書には各留のレリーフの写真が載っている。私の持っている小さな十字架上のイエス像には、背後にごく小さく道行の十四の場面が描かれているが、小さすぎて判別が難しい。この写真はありがたい。

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