書けるものなら、私が作りたいのは、俳句より短歌より、断然自由詩である。でも、この本を読んでいて、さまざま紹介される詩を鑑賞して、なんだかちっとも心の動かないのはどうしようもない。私はこれまで詩人でなかったように、これからも詩人にはなれないのだ。古典全集に入ってるような古い和歌や俳句の解釈を、心の底から味わってるように錯覚しておれば、それで十分な感性なのだ。
だけど、『貧乏物語』のあの河上肇が詩を書いていて、それが面白いような気がしたのは、あっぱれな収穫であった。
老後無事 河上肇
たとひ力は乏しくとも
出し切つたと思ふこゝろの安けさよ。
捨て果てし身の
なほもいのちのあるまゝに、
飢ゑ来ればすなはち食ひ、
渇き来ればすなはち飲み、
疲れ去ればすなはち眠る。
古人いふ無事是れ貴人。
羨む人は世になくも、
われはひとりわれを羨む。
まあ、これなんかは禅の物言いそのままなのだけど、それゆえ私には新鮮さはまったくないのだけど、こうした心の上に書かれた他の詩が実に好ましくて、それではこの伝でなにか書けないかしらと、つい思ってしまうのである。
- 作者:茨木 のり子
- 発売日: 1979/10/22
- メディア: 新書