本の覚書

本と語学のはなし

源氏の子

命長くもと思ほすは心憂けれど、弘徽殿などのうけはしげにのたまふと聞きしを、空しく聞きなしたまはましかば人笑われにや、と思しつよりてなむ、やうやうすこしづつさはやいたまひける。(紅葉賀8)

これからは長く生きなければとお思いになることが宮にとってつらく情けないことであるけれども、弘徽殿女御などがいかにも呪わしいお言葉を口にされていると聞いていたので、もしもこの自分がここで死んでしまって、そのことがあちらの耳に入ったとしたら、自分はさぞや笑いものにされていただろうにと、気を強くお持ちになり、しだいに少しずつ快方にお向いになるのだった。


 「空しく」は連用形だけど、直後の「聞きなし」を修飾するのではない。恐らく省略されているであろう用言にかかるものか。「(藤壺が)空しく〔亡く〕(なってしまわれたと)、(弘徽殿女御が)お聞きになったとしたら」ということだろう。
 辞書で調べると、こういう連用形の使い方は珍しくもないようで、同じ『源氏物語』からではあるけど、「さる世の古言なれど、めずらしく聞きなされ」(須磨)という例文が引かれている。私の辞書は例文に現代語訳をつけていないから定かではないが、これも「(その古言を)すばらしく(あるものと)お聞きになって」ということだろう。ほとんど省略という意識はないような気がする。


 藤壺は月遅れで出産した。後に冷泉院となる皇子である。この月後れは、源氏との不義の時期に符合する。

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