本の覚書

本と語学のはなし

「ロング・グッドバイ」はじめました


 次に読む候補はいくつかあった。2章だけ読んで中断しているフォークナーの『アブサロム、アブサロム!』。*1物語自体も長いが、それを構成する一つひとつの文も異様に長くて、また後回し。分量もほどほど、文章もそれほど難しくはないブローティガンの『アメリカの鱒釣り』。以前に『芝生の復讐』*2を読んでおり、再びブローティガンという気分にはまだならない。大変に短くて、行方昭夫の訳を鑑賞するのも楽しみな、ヘンリー・ジェイムズの『デイジー・ミラー』。読むのに苦労しそうなので、ひとまず回避。
 要は、今は最も簡単に読めるものを欲しているのだろう。そこで、長いことは長いけど、複雑な構文にもやたらに難しい単語にも苦しめられることのなさそうな、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』に決めた。口語、隠語、ミステリーの世界の特殊用語に慣れれば、『自負と偏見』などより数倍速く進められるだろう。
 例によって、冒頭を書き抜いておく。参照するのは、早川書房村上春樹の訳。*3カーヴァー*4フィッツジェラルド*5サリンジャー*6カポーティ*7の訳も少し見てきたけど、村上春樹の文体には、チャンドラーが一番しっくりきそうな予感がする。引用した部分では、殊に最後の一文がうまい。

The first time I laid eyes on Terry Lennox he was drunk in a Rolls-Royce Silver Wraith outside the terrace of The Dancers. The parking lot attendant had brought the car out and he was still holding the door open because Terry Lennox’s left foot was still dangling outside, as if he had forgotten he had one. He had a young-looking face but his hair was bone white. You could tell by his eyes that he was plastered to the hairline, but otherwise he looked like any other nice young guy in a dinner jacket who had been spending too much money in a joint that exists for that purpose and for no other. (p.1)

 テリー・レノックスとの最初の出会いは、〈ダンサーズ〉のテラスの外だった。ロールスロイズ・シルバー・レイスの車中で、彼は酔いつぶれていた。駐車係の男はその車を運んできたものの、テリー・レノックスの左脚が置き忘れられたみたいに外に垂れ下がっていたので、ドアをいつまでも押さえていなくてはならなかった。酔っぱらった男は顔立ちこそ若々しいものの、髪の毛はみごとに真っ白だった。泥酔していることは目を見れば明らかだが、それをべつにすれば、ディナー・ジャケットに身を包んだ、当たり前に感じの良い青年の一人に過ぎない。人々に湯水のごとく金を使わせることを目的として作られた高級クラブに足を運び、注文どおり金を使ってきた人種だ。(p.5)


 〈bone white〉は「骨のように白い」かと思ったら、〈bone〉には副詞として「まったく(to the bone)」という意味があった。〈plaster〉は「石膏」のことだが、文意が判然としないので辞書を引くと、「ポマードを塗る」という意味もある。それでも「目を見ればわかる」と繋がらないので〈plastered〉で調べると、ようやく「酔っぱらった」という意味が見つかった。
 その他には特に何の問題もない。単語が分からないのでない限り、スラスラ読めそうな文章だ。


The Long Good-bye ロング・グッドバイ ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)

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