本の覚書

本と語学のはなし

日常最新版


 パリに行った夢を見る。パリにいるはずなのだが、昔の同級生らと寮のようなところに寝泊りをしていて、観光をするでもなくつまらない日常を送っている。もうすぐ帰ることが決まっていて、そう言えばなんにも見ていないと思うものの、時間もないしお金もないからどうにもできない。日本に帰るだけのお金があるのかどうかさえ怪しいものである。そこがパリであるのかどうかすら怪しいものである。


 最近通信講座の勉強に時間がかかるようになってきたので、時間割を変更した。
 午前中は先ず新聞を読み、その後は通信講座だけ。翻訳はもう一歩進めば何とかなりそうな感触はあるのだが、プロとアマを隔てるその一歩がなかなか超えられない。一番の問題は、書かれている内容に関する無知である。
 午後から参考書を使った勉強。簡便な歴史のハンドブックを眺めた後、数学に取り組む(金融英語、英語ライティング、数学をローテーションで学んでいる)。三角比を使った二次関数などの問題を解いている内に、ついつい予定時間をオーバーしてしまう。
 続いては「ニューズウィーク」だが、数学が押した分今日は少しだけ。

 Meanwhile, much of the international opposition to U.S.military action is specific to George W.Bush and will dissolve come January.


 時間がないにもかかわらず、こういう文章についつい立ち止まってしまう。私は長年英語嫌いを通してきたので、英文を読むたび、知らない意味や用法が山のように立ち塞がってくるのだ。ここでは「come」が分からない。一月というのはオバマの大統領就任のことを言っているのだから、「come」が「来たる」という意味の形容詞として使われることもあるのだろうと見当をつける。しかし、わいせつな意味で使われる名詞の用法は辞書に載っているものの(外国人と付き合ったことはないので、その意味も初めて知った)、形容詞はない。で、しばらく動詞の意味を順番に眺めていると、11番目の項目にようやく仮定法現在形で(ということは三単現のsは付かない)「(時が)来ると」という使い方があるのを見つける。
 プールに行き500メートル泳ぐ。基本的には平泳ぎ専門だが、最近はクロールも取り入れ始めた。500メートル泳いだら(もう少し距離を延ばすこともある)、そそくさと帰宅する。
 夕食前に英文学と仏文学の原典講読。ふぅ。
 夕食後にインターネットで英語とフランス語を漫然と聞き、今、覚書を書いている。後は風呂に入り、道元と経済の本を読むだけ。しかし、この頃ますます読書が疎かになっているので、ここからもうひと踏ん張り必要だ。
 やってることは決して多くないと思うのだが、何だか時間が足りない。


 「ディプロマティク」を読んでる時間はない。結局聖書も中断。どうするかはまた考えなくてはいけないが、今のところ日課とすることはできない。
 独希羅文学の原典講読は気が向いた時だけ。主として休日にほんの少し読む。

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