本の覚書

本と語学のはなし

新約聖書・ヘレニズム原典資料集/大貫隆・筒井賢治編訳

新約聖書・ヘレニズム 原典資料集

新約聖書・ヘレニズム 原典資料集

 新約聖書の内容と類似性のあるヘレニズム期の文献を、原典からの抜粋で紹介する本。類似性があるからと言って、必ずしも直接の影響関係があるとは限らず、それは共通の思想的、文化的土壌を示しているだけの場合もあるし、かえってその共通の土壌からキリスト教の個性と独自性が見えてくる場合もある。編者としては後者を狙いとしているようだ。


 どこでもいいが、一つだけ。
 パウロが言及する異言(グロッソラリア)というものについて。主客未分の宗教体験を言語にならない言語で発するもののようだが、これはコリント教会でのみ突発的に起きたものではなく、ヘレニズム宗教文化において広範囲に見出される現象であるという。
 いくつもの引照がなされる中から、『ギリシア語魔術パピルス』の一節。

 なぜなら、わたしは火急で辛苦かつ容赦なき必要に迫られて、いまだかつて死すべき本性の人間の中に入ったこともなければ、人間の舌や音声で分節されて語られたこともない活ける尊い名前を連呼するからである。エーエオー・オエーエオー・イオーオー・オエー・エーエオー・オエー・エオー・イオーオー・オエーエーエ・オーエーエ・オーオエー・イエー・エーオー・オオー・オエー・イエオー・オエー・オーオエー・イエオー・オエー・イエエオー・エエー・イオ―・オエー・イオエー・オーエーオー・エオエー・オエエー・オーイエー・オーイエー・エオー・オイ・イイイ・エーオエー・オーウエー・エーオーオエーエ・エオー・エーイア・アエーア・エエーア・エーエエエー・エエエー・エエエー・イエエー・エーエオー・オエーエエオエー・エーエオー・エーウオー・オエー・エイオー・エーオー・オーエー・オーエー・エエ・オオオ・ウイオーエー。(大貫隆訳)(p.227-8)

 タイポがあるかもしれないが気にしないでほしい。とてもチェックする気になれない。

TIME March 27, 2017

Time Asia [US] March 27 2017 (単号)

Time Asia [US] March 27 2017 (単号)

  • 発売日: 2017/03/23
  • メディア: 雑誌
 私が英字新聞を読もうと思ってサンプルを取り寄せた頃、Brexit という造語を目にして、英語の現在にキャッチアップしていくのも大変なのだなと思ったものだ。ところが今度は、Frexit まで出てきたのである。

Like Trump’s victory, a win by Le Pen would have a seismic impact far beyond the country’s borders. A Frexit and ditching the euro would be a grievous blow to an E.U. reeling from Brexit, severely weakening it. Deutsche Bank warned in late February that the impact of a President Le Pen’s Frexit push could be “beyond a ‘Lehman’s moment,’” referring to the collapse of Lehman Brothers investment bank in 2008, which heralded the deepest global recession since 1930s. (p.26-27)

 もちろん全てはまだ仮定形である。
 しかし、ドイツ銀行の言うところでは、もしル・ペンが大統領になり Frexit が現実のものとなれば、リーマン・ブラザーズの時以上のインパクトがあるかもしれないようだ。

アンスタブル【英語】

The Summing Up (Vintage Classics)

The Summing Up (Vintage Classics)

サミング・アップ (岩波文庫)

サミング・アップ (岩波文庫)

  • 作者:モーム
  • 発売日: 2007/02/16
  • メディア: 文庫
 行方昭夫の訳は、ここまでやってもいいのだろうかと思うことが少なからずあるのだけど、作者の意図を汲み取る上では(本当に難しい文章では、その可能性のひとつに過ぎないこともあるが)、参考になる。


 紹介するのは、原文自体は別に難しくないが、訳者の癖が出そうなところ。先ずは行方訳から。

英語の発音に関しては長いあいだ自信が持てずにいた。イギリスに移って、パブリックスクール入学前の小学校にいた頃、「水のようにアンステイブル(不安定)」という句を発音するとき、「アンスタブル」とフランス語風に発音したものだから、みんなが爆笑して恥ずかしかったことは今でも忘れられない。(p.28)

 こう書いてあれば、原文のどこかに French という単語があるのだろうと想像するだろうか。モームはそういう野暮な表現はしない。

I was so long uncertain about the pronounciation of English words, and I have never forgotten the roar of laughter that abashed me when in my preparatory school I read out the phrase ‘unstable as water’ as though unstable rhymed with Dunstable. (p.19)

 モームは幼少の頃パリで暮らしていた。英語の発音には自信がない。イギリスに戻り、preparatory school (説明的に「パブリックスクール入学前の小学校」と訳されている)でアンステイブルをアンスタブルと読んでどっと笑われた。だがそれは、フランス風に読んだのではなく、as though unstable rhymed with Dunstable と言われている。ダンスタブル(人名もしくは地名)と同韻語であるかのように、アンステイブルをアンスタブルと発音してしまったというのである。
 直訳しても、フランス語を知らない人にはそれがフランス風の発音であることは分からない。そこを親切に分からせてあげるか、作者と一緒につんとすますか、注釈をつけるか。選択肢はいろいろとある。
 行方は割と噛み砕くタイプの訳者である。原文の風味は消えるかもしれない。原文と一緒に読むには、これ以上ないパートナーである。