本の覚書

本と語学のはなし

【モンテーニュ】出陣のまぎわになっても熟睡していた【エセー1.44】

 モンテーニュ『エセー』第1巻第44章「睡眠について」を読了する。
 アレクサンドロスや小カトーのように、戦闘の前や命の危険があるときにも、平然と眠ることのできるほど肝のすわった英雄もいる。
 一方、小心や憔悴のために、戦いの前に、あるいは戦闘中にさえ、眠りこけた指揮官もいる。
 今回の引用では、「~する必要がある」という意味の動詞 falloir の活用を2つ紹介する。


mais, c'estoit au lendemain, en la place, qu'il failloit venir à l'execution, (p.272)

だが、この法令は翌日にフォロ・ロマーノで可決する必要があった。(p.237)

 この failloit は fallait のことである(直説法半過去)。現代語の ai という綴りは、昔はしばしば oi と書かれた。それはいつものことなので、よしとする。
 注意すべきは、語幹に i が入ること。一見、「危うく~する」という意味の動詞 faillir の活用形かと思ってしまう。
 falloir の接続法現在が faille であることを思えば、不思議というわけでもないかもしれないが。

sur le point d'aller au combat, il se trouva pressé d'un si profond sommeil qu'il fausit que ses amis l'esveillassent pour donner le signe de la bataille. (p.272)

アウグストゥスは、出陣のまぎわになっても熟睡していたために、戦闘の合図をするために、盟友たちに起こしてもらわなければいけなかった。(p.238)

 fausit は fallut のこと(直説法単純過去)。16世紀辞典を見ると、faillut、fauzit、faulsit などの形もあるようだ。fausit の系統は現代語とは全く似ていないので、こういうところで躓かないようにするには、やはり注釈付きのテキストが必要なのである。
 アウグストゥスの場合には、この睡眠のために、アントニウスから目を開ける勇気すらなかったと言われてしまったという。