本の覚書

本と語学のはなし

シェイクスピア全集1 喜劇Ⅰ/シェイクスピア

 『間違いの喜劇』(小田島雄志訳)、『じゃじゃ馬ならし』(三神勲訳)、『ヴェロナの二紳士』(北川悌二訳)、『恋の骨折損』(和田勇一訳)、『夏の夜の夢』(平井正穂訳)、『ヴェニスの商人』(菅泰夫訳)の6作品を収録する。初期の喜劇である。


 白水社小田島雄志の個人訳には注釈が一切なかった。そういうものを必要とせず、日本語として自立して、そのまま舞台で使えるような訳を目指していたのだろう。
 一方、この筑摩書房の全集には注釈がある。ギリシア神話や聖書の物語が簡単に説明されるほか、喜劇作品に特徴的な洒落の解説もしてくれる。便利である。しかし、「うまく日本語に訳せぬ」とか「とても訳出できない」といった諦念の逃げ道となっている風もあって、翻訳をそのまま舞台の人物に喋らせてみたところで、とても日本語には聞こえないだろうという訳が多く見られる。
 一長一短である。小田島訳を読んでいれば、原文ではどうなっているのだろうと常に気になるし、筑摩書房版を読んでいれば、苦し紛れの訳に苦しむことになる。


 シェイクスピアの全戯曲を入手する一番安い方法は、坪内逍遙の翻訳を1冊にまとめた本を買うことだと思うが、次はおそらく筑摩書房版を古本屋で探すことである。小田島雄志訳や松岡和子訳を集めるのが大変だという人には、ありがたい選択肢であるはずだ。
 やや日本語が古いと感じることもあるが、坪内逍遙に比べれば十分に読みうる現代語である。詩作品も収められていて、お得である。
 なお、新潮社の福田恆存訳は、全集と書かれているが、全戯曲が収められているわけではないので、気をつけられたい。大体のところは新潮文庫に入っているから、熱烈な福田ファンでない限り、あえて全集に手を出す必要はないだろう。


 シェイクスピアほど多くの翻訳を持つ人も珍しい。それほどにシェイクスピアを読むということは特別な体験であるのだ。