本の覚書

本と語学のはなし

『悪童日記』


アゴタ・クリストフ悪童日記』(堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫)
 戦争中、〈小さな町〉のおばあちゃんに預けられた双子が、過酷な現実を生きるべく様々な練習を積み、彼らの身につけた苛烈なヒューマニズムに従って制裁すべきを制裁し粛清し、安らかに葬るべきを安らかに葬り去る。この日記は、二人がその練習の一環として書き綴った、主観を排した作文の集成である(原題はGrand Cahier、すなわち「大きなノート」)。
 舞台はアゴタの故郷ハンガリーであろう。オーストリアの国境と接しているらしいその町は、戦時中はドイツ兵らしき軍人が進駐し、ユダヤ人らしき人々が連行されても行く。戦後、〈解放者たち〉と呼ばれるソ連兵らしき軍人らがこの町を荒らして回る。そのような状況の中で、子供らは何を身につけ、いかなるモンスターに自分たちを作り上げていかなくてはならなかったか。しかし、双子の筆はいかにも恬淡として、悲壮感は微塵もない。
 最後は、国境を越えようとして二人の下にやってきた父を犠牲にし、父の死体を踏み越えて双子の片割れが外へと逃走する。もう一方はおばあちゃん(既に本人の希望通り安楽死させられている)の〈小さな町〉に留まる。
 続きは『ふたりの証拠』に引き継がれるが、こちらは二人の1人称のカイエではなく、3人称で書かれている。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)