本の覚書

本と語学のはなし

An Artist of the Floating World


 文学の原典講読を一般読書枠の中に組み込むにはどうしたらいいか、まだ最終的な答えには至っていない。今の段階では語学学習という側面も強くあるのだから、一日交代で英米文学と仏文学に取り組み(これに合わせてディプロとニューズウィークも一日交代にし)、合間を縫って二三冊の和書を読むというのがいいのかもしれない。


 そんな訳でカズオ・イシグロの『浮世の画家』を始めた。冒頭部分の原文(Vintage)と飛田茂雄訳(ハヤカワ epi 文庫)を書き抜いておく。

If on a sunny day you climb the steep path leading up from the little wooden bridge still referred to around here as ‘the Bridge of Hesitation’, you will not have to walk far before the roof of my house becomes visible between the tops of two gingko trees. Even if it did not occupy such a commanding position on the hill, the house would still stand out from all others nearby, so that as you come up the path, you may find yourself wondering what sort of wealthy man owns it. (p.7)

 このあたりには今でも〈ためらい橋〉と呼ばれている小さな木橋がある。そのたもとから、丘の上までかなり急な坂道が通じている。天気のいい日にその坂道を登りはじめると、それほど歩かぬうちに、二本並んでそびえ立つ銀杏の梢のあいだから私の家の屋根が見えてくる。丘の上でも特に見晴らしの良い場所を占めているこの家は、もし平地にあったとしても周囲を圧倒するほど大きい。たぶん坂を登る人々は、いったいどういう大金持ちがこんな屋敷に住んでいるのかと首をかしげることだろう。(9頁)


 英語はそれほど難しくなさそうだ。翻訳は素晴らしい。行方昭夫訳を参照して『月と六ペンス』を読んだ時のように、飛田訳も全部原文と照らし合わせてみたくなる。しかし、それをやっていては前に進まない。気になるところを覗いてみるだけにしておく。翻訳はとにかく素晴らしい。