本の覚書

本と語学のはなし

大発見


 鴎外の短篇に、ヨーロッパ人も鼻くそをほじることを書籍の中に見つけ出した旨報告をする、『大発見』という文章がある。これについてはいつかどこかで紹介したこともあるが、何も発見という事実だけがこの文章の妙味ではない。最初から最後まで人を喰ったユーモアに満ちているのだ。『舞姫』とか『山椒大夫』しか読んだことのない人には、とうてい鴎外の作品とは信じられまい。
 印刷屋に対する注文が本文中にまぎれているところを引用しておこう。

要するに羅紗は穴があいて着られなくなるまで、浄めることの出来ないものである。ブラシ位でこすったって、地質に沁み込んでしまった汗の揮発分も、鼻涕の揮発分も、永遠に取れない。此処で一寸活板屋に注意して置くが、しみると云う字はさんずいに心という字を植えてくれ給えよ。三ずいに必ずという字を植えるのではないよ。分泌の泌の字を植えるのではないよ。こないだ昴に沁みるという字の議論を書いて、誤植をせられて、何の事だか分らなくなったから、念のためにことわって置くよ。