本の覚書

本と語学のはなし

大修行


 道元正法眼蔵』「第六十八 大修行」より。

 大修行を模得(もて)するに、これ大因果なり。この因果かならず円因満果なるがゆゑに、いまだかつて落不落の論あらず、昧不昧の道あらず。「不落因果」もしあやまりならば、「不昧因果」もあやまりなるべし。将錯就錯(しょうさくじゅさく)すといへども、堕野狐身あり、脱(とつ)野狐身あり。「不落因果」たとひ迦葉仏時にはあやまりなりとも、釈迦仏時はあやまりにあらざる道理もあり。「不昧因果」たとひ現在釈迦仏のときは脱野狐身すとも、迦葉仏時しかあらざる道理も現成すべきなり。(岩波文庫3-371頁)