本の覚書

本と語学のはなし

『英和翻訳の原理・技法』

●中村保男『英和翻訳の原理・技法』(日外アソシエーツ
 主として文芸翻訳のための本ではあるが、特に第一部「英和翻訳技法」は産業翻訳を生業としようとする者にも有益だろう。
 英語の長文読解を強いられるわけではないので、時間があれば全部読んでみるとよい。小手先の技術の本ではない。多少くせのある、著者の翻訳観が伝わってくる。*1


 ちょっと一言。
 産業翻訳や哲学のような学問分野では一般に行われていないような翻案に近い翻訳テクニックも紹介されているが、そこまで行くとどうも私の好みではない。
 たとえば、ホワイトヘッドの次の文章を、中村保男ならどう訳すのか。


(原文)

 Intellect is to emotion as our clothes are to our bodies; we could not very well have civilized life without clothes, but we would be in a poor way if we had only clothes without bodies.


(中村訳)
 人間に衣服がなかったなら、文明生活は成り立たなかったろうが、身体もないのに衣服だけがあったところで、どうにもならない。知と情もそれと同じで、知が文明を築いたにしろ、情がなければ身も蓋もなくなってしまう。


 文芸翻訳とは時としてここまでするものなのだろうか。私の感覚からすると、訳しすぎである。

英和翻訳の原理・技法

英和翻訳の原理・技法

*1:中村は福田恆存の弟子であり、旧かな遣い信奉者でもある。この本は「戒を破」って現代かな遣いで書かれているが。今見たら、幸い『新編英和翻訳表現辞典』(研究社)も現代かな遣いであった。