本の覚書

本と語学のはなし

『経済は感情で動く』


●マッテオ・モッテルリーニ『経済は感情で動く はじめての行動経済学』(泉典子訳,紀伊國屋書店
 経済学ではふつう、合理的・自制的・利己的なホモ・エコノミクスを仮定して理論を組み立てる。しかし、実際の人間はホモ・エコノミクスなんかではない。感情に左右され、不合理なことでもしてしまいかねない存在である。ということを、様々な実験を通して考証するのが行動経済学である。
 しかし、古典的な経済学も個々の人間がホモ・エコノミクスとは似ても似つかないことくらい承知している。ミクロでの感情のバイアスも、マクロでは無視してかまわない程の一定の合理的傾向が存在するのだと考えているはずである。行動経済学は、その点に関して、今のところどれだけの解答を与えているだろう。理論モデルの修正や書き換えができるところまで進んでいるのだろうか(個人的には、理論モデルに与えるインパクトは、経済物理学の方が大きいような気がする)。
 私が一番知りたいことは、この本には書かれていない。経済学の本と言うよりは、まだ心理学の本に近い。マーケティング担当者や無駄な出費を減らしたい個人にとってのヒントはあるが、誰でも直感的には知っているようなことでしかないから、わざわざ300ページも読んで裏付けを取る必要はない。期待したほど興奮はしなかった。


 本の作り方について気になった点を、二つ指摘しておく。
 訳者は「経済学についての本は、日本語で書かれたものさえ読んだことがなかった」という。びっくりした。イタリア語の翻訳は、需要が少ない分、専門分化も進んでいないようだ。急いで付け加えておくが、経済学者の助けを得ているので、恐らく訳文には問題ない。
 原文にはない小賢しい「教訓」が、編集者の意向により各章末に付されている。全く必要のない代物だ。