本の覚書

本と語学のはなし

「アエネーイス」結婚

ille dies primus leti primusque malorum
causa fuit. neque enim specie famave movetur
nec iam furtivum Dido mediatur amorem ;
coniugium vocat ; hoc praetexit nomine culpam. (4.169-172)

しかしその日は死にいたる、最初の日でありさまざまの、
禍招く因縁と、なったはじめの日であった。
それというのもそれ以来、世間の見えも評判も、
一切顧慮せずディードーは、愛のかくしをすることも、
まったくやめておおやけに、右のことを“結婚”と、
呼んでこの名で罪掩う。(上p.220)


 アエネーアースとカルタゴの女王ディードーが結ばれるのは、結婚の神ユーノー(ジューン・ブライドの「ジューン」は彼女の名に由来する)の策略であったのだけど、その直後の記述が、それこそ不幸の始まりであり、死の始まりであったというのは、なんとも不条理な話である。


 英語とフランス語でさえ週に3日か4日ちょこっと読むことができる程度だが、ギリシア語とラテン語とドイツ語にも、それぞれ少なくとも週に1日は触れることにした。そうでなくては、私の最も私らしい部分が薄れていくような気がする。
 私を構成している要素は、この5つの言語とそれをめぐる文化と文学、あとは仏教が少々。道元を再開すればもう不足はないのかもしれない。


 夏期講習以降の塾の勤務希望を昨日提出した。クラス授業は中学か高校の一方のみ、もしくは個別指導のみにしたい、と書いておいた。何を言われるかはまだ分からない。

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