本の覚書

本と語学のはなし

人と思想67 ゲーテ/星野慎一

 昔の装丁のものを学生時代に読んだことがある。記憶の中では、半分が島崎藤村で埋め尽くされているはずであった。今回読み直してみたら、日本文壇への影響にだいぶページを割いているとは言え、藤村の分量が突出しているわけでもないし、藤村への傾倒が熱っぽく語られているわけでもない。
 どうしてこれほど記憶が歪められたのだろう。あの時の憤慨もまた幻だったのだろうか。さっぱり分からない。
 とは言え、今回も満足しているわけではない。ゲーテの生涯を簡単に辿ってみるにはよいが、作品解説が不十分であるように思われる。日本文壇や東京ゲーテ記念館の方こそ、もっと圧縮した記述でよかったのではないだろうか。


 早くもゲーテ熱は冷めてきている。
 恋多き詩人。人間性の健全なる解放者。無秩序とロマン主義の敵。自然のあらゆる営みに神の摂理を看取する汎神論者。公共性への没我の内に諦念の至高の形態を見出し、奉仕する女性の内に永遠の女性的なるものを見出した保守的現実主義者。
 かつては私もそういう人間を目指していたのかもしれない。だがその全てから、半歩ずつずれてしまったのだ。