本の覚書

本と語学のはなし

【ラテン語】茨に香料の実がなるように【牧歌】

 ウェルギリウス『牧歌』第3歌84-89行。

  Damoetas
Pollio amat nostram, quamvis est rustica, Musam :
Pierides, vitulam lectori pascite vestro.


  Menalcas
Pollio et ipse facit nova carmina : pascite taurum,
iam cornu petat et pedibus qui spargat harenam.


  Damoetas
Qui te, Pollio, amat, veniat, quo te quoque gaudet ;
mella fluant illi, ferat et rubus asper amomum.


  ダモエタス
ポリオは僕のムーサを愛している、どんなに彼女が田舎びていても。
ピエリアの女神たちよ、あなたがたの読者のために雌牛を養ってください。


  メナルカス
ポリオはまた、みずから新しい詩を作る。どうか雄牛を養ってください、
はや砂を角で突き、足で跳ね散らすような雄牛を。


  ダモエタス
ポリオよ、あなたを愛する人が、あなたと同じ喜ばしい詩境に達するように。
その人のために蜜が川のように流れ、刺々しい茨に香料の実がなるように。

 牧人同士の歌競べである。直前までは自分たちの恋人のことを歌っていたのが、唐突にここでポリオなる人物が持ち出されてくる。
 ポリオはウェルギリウスの最初のパトロンである。政治家であり軍人でもあるが、自ら詩も書いた。


 最初のダモエタスの「僕」というのは、ウェルギリウスのことに他ならない。彼の田園詩をポリオは愛してくれた。そもそもこれを書くよう勧めたのはポリオである。それで、彼の詩の読者であるポリオに報いてほしいと、詩の女神に願うのだ。
 ところがポリオもまた詩人であった。悲劇を書いたこともあるらしい。河津の注によれば、雄牛はディーテュランボス(酒神賛歌)のコンテストの賞品である。ポリオが優勝して獲得するものとして考えているのだ。
 2番目のダモエタスの1行目は少し分かりにくいが、英訳とその注(めったに注は付かないのだが)だと次のようになる。

May he who loves you, Pollio, come 1 where he joys that you, too, have come!


1 i.e. into a state of happiness, such was enjoyed in the golden age.

 人間が神々と共に住み、何もしなくとも自然が全てを与えてくれるような黄金時代が、ポリオとともにもたらされるかのような書きぶりである。
 ちなみに、続く第4歌は黄金時代到来の預言書のようになっており、待望される幼子はイエス・キリストのことであると考えられていた時代もあった。


 河津の解説。

彼〔ポリオ〕をうたった部分にはウェルギリウスがこの人物の才能と人柄に対して、憧憬に近い感情を抱いていた様子が窺われる。前39年の第8歌では、控えめな表現ながら、詩に関する限り自分の方が上であることを自認している(第8歌11行)のであるから、第8歌に至るまでの3年間に、彼の詩人としての地位がいかに高まったかを知ることができる。

 ウェルギリウスの詩には時々献呈の辞と思われるものが滑り込まされているが、その全てをおべっかとか不自由な桎梏と考える必要はないようである。