本の覚書

本と語学のはなし

シャーロック・ホームズ全集 第10巻 バスカヴィル家の犬/コナン・ドイル

 長編『バスカヴィル家の犬』のみを収める。
 これで4つの長編は全部読んだ。
 アメリカやインドでの過去を背景とする物語ではなく、イングランド南西部のデヴォンシャに伝わる幽霊犬の伝説が利用された事件である。


シャーロック・ホームズ大百科事典

シャーロック・ホームズ大百科事典

 『シャーロック・ホームズ大百科事典』のダートムアの項を見ると「⇨デヴォンシャの地図」と指示されている。ところが、デヴォンシャの項の辺りに地図は見当たらない。ジャック・トレイシーの原著ではあったものが、何かの手違いで翻訳では抜け落ちてしまったのだろうか。
 小説には実在の地名でないものも多く使われているようだが、それでも地図があるに越したことはない。
 実は東京図書版に「大縮尺の地図」の写真はあるのだが、印刷が粗くてとても見れたものではない。


 翻訳で気になったところ。

「まずった!」くやしさに蒼ざめたホームズは、あえぎながら馬車の流れの中から出てくると、そう吐きすてた。 (第四章 サー・ヘンリー・バスカヴィル,p.58)

 いくら何でも、ホームズが「まずった!」などと言うのはいただけない。
 東京図書版は個人訳ではない。『バスカヴィル家の犬』を担当しているのは富山太佳夫という人だ。イーヴリン・ウォーの『大転落』の原典講読をするとき、岩波文庫の翻訳を参照させてもらったことがある。その時はそんなことは思わなかったのだが、『バスカヴィル』に関してはあまり好きになれない。


「したやられたよ!」と、悔しそうに言って、激しい馬車の流れの中からいまいましげに息を切らせて蒼ざめたホームズが戻ってきた。 (第4章 サー・ヘンリー・バスカヴィル,p.70)

 河出書房新社版はもう少し穏当である。
 全体のニュアンスも若干異なる。


The New Annotated Sherlock Holmes: The Novels

The New Annotated Sherlock Holmes: The Novels

“There now!” said Holmes, bitterly, as he emerged panting and white with vexation from the tide of vehicles. (Chapter IV Sir Henry Baskerville, p.442)

 原文では“There now!”。間投詞のようなものだから、どう訳したところで間違いではないだろうが、「まずった!」だけはどうしても認めたくない。
 馬車を走って追いかけ、「あえぐ」ほどに苦しむまで諦めなかったとは考えにくいし、「吐きすてた」とは訳者の勝手な三文小説的脚色に過ぎない。


【家庭菜園】
 カブとニンジンを収穫。
 ニンジンは地上に出ている部分だけ見ると立派に育っているようだったが、抜いてみると全く下に伸びていないことが分かった。