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伊勢物語と文語訳聖書を始める(訂正あり)【古文】

新潮日本古典集成〈新装版〉 伊勢物語

新潮日本古典集成〈新装版〉 伊勢物語

  • 発売日: 2017/06/30
  • メディア: 単行本
 久し振りの古文なので、短い話が集められた『伊勢物語』を読むことにした。
 しかし、短いから簡単と言うことではない。容易にその味わいが分かるものではない。


 第三段。

 むかし、男ありけり。懸想じける女のもとに、ひじき藻といふものをやるとて、
   思ひあらば葎の宿に寝もしなむ
   ひじきものには袖をしつつも
  二條の后の、まだ帝にも仕うまつり給はで、ただ人にておはしましける時の
 ことなり。

 ひじき藻は今のひじきと同じものらしいが、簡単には手に入らなかった。それを女の元に歌を添えて贈る。
 ひじきもの(引敷物)は夜具のことで、贈り物のひじき藻を読み込んだ。この技法を物名(もののな)と言う。思いがあるならば、葎の茂るあばら屋で、袖ばかりを夜具に共寝してほしい、という情熱的な歌である。
 最後の行は後人の注が本文に入り込んだものらしい。後に清和天皇の后となる藤原高子と在原業平の恋は、一代の語り草であったという。『伊勢物語』の主人公は、早くから在原業平と信じられていた。


 私が持っているのは新装版ではなく、古本で買った旧版である。


 聖書的に農業の始祖は誰かと言えば、人祖アダムであろうか。

3:17 又、アダムに言たまひけるは、「汝その妻の言(ことば)を聽て、我が汝に命じて食ふべからずと言たる樹の果(み)を食(くら)ひしに縁(より)て、土は汝のために詛(のろ)はる。汝は一生のあひだ勞苦(くるしみ)て其より食を得ん。
3:18 土は荊棘(いばら)と薊(あざみ)とを汝のために生ずべし。また、汝は野の草蔬(くさ)を食ふべし。
3:19 汝は面(かほ)に汗して食物を食ひ、終(つひ)に土に歸らん。其は、其中(そのなか)より汝は取(とら)れたればなり。汝は塵なれば、塵に皈(かへ)るべきなり」と。

 文語訳の旧約は句読点や鉤括弧がほとんどないので読みにくいのだが、便宜的に勝手に付けてみた。許し給え。
 知恵の木の実をエバに唆されて食べた罰として、アダムはエデンの園から追放され、野の草を食物としなくてはならなくなった(エバには産みの苦しみが与えられた)。しかも、その土は呪われている。顔に汗をしたたらせなくては、食にありつけない。そして土から創られた者として、やがては土に帰るのである。

3:23 ヱホバ神、彼をエデンの園よりいだし、其(その)取りて造られたるところの土を耕(たがへ)さしめたまへり。


 はっきり「土を耕(たがへ)す者」と書かれているのは、アダムの長男カインである。彼は「羊を牧(か)ふ者」である弟アベルを嫉妬から殺した、人類最初の殺人者でもある。

4:10 ヱホバ言たまひけるは、「汝、何をなしたるや。汝の弟の血の聲(こゑ)、地より我に叫べり。
4:11 されば汝は詛(のろ)はれて、此地(このち)を離るべし。此地(このち)其口(そのくち)を啓(ひら)きて、汝の弟の血を汝の手より受けたればなり。
4:12 汝地を耕すとも、地は再(ふたたび)其力(そのちから)を汝に效(いた)さじ。汝は地に吟行(さまよ)ふ流離子(さすらひびと)となるべし」と。

 こうしてを土を耕す者にとって、大地はますます呪われていくのである。


 なお、エホバとあるのは、現在ではヤハウェとかヤーヴェと発音したであろうと推測されている、イスラエルの神の固有名詞である。
 しかし、神の名を呼ぶことを憚って、やがて YHWH の4文字をアドナイ(主)と発音するようになった。そして、アドナイに付ける母音記号をこの語にも付けたために、後の人はそれを文字通り読んでエホバとしてしまったらしい。
 聖書翻訳の伝統では、これを「主」と訳すことになっている。私はこの伝統を好まない。たとえエホバであっても、固有名詞と分かるように訳してくれる方がありがたい。