本の覚書

本と語学のはなし

告白新約【ラテン語・ドイツ語】

 しばらく何もできないでいると、無茶をしてでも全てをやりたくなるもので、久しぶりに聖書の翻訳以外のラテン語とドイツ語に触れてみた。アウグスティヌスの『告白』とタイセンの『新約聖書』である。
 何とかして継続させたい。


Confessions, Volume I: Books 1-8 (Loeb Classical Library)

Confessions, Volume I: Books 1-8 (Loeb Classical Library)

告白 上 (岩波文庫 青 805-1)

告白 上 (岩波文庫 青 805-1)

continuo sine haesitatione: “non” inquit, “non enim mihi dictum est: ubi ille, ibi et tu, sed : ubi tu, ibi et ille.” (3.11.20)

母は、何の躊躇もなく、「いいえ、若者はわたしにむかって息子のいるところにあなたもいるようになるとはいわず、あなたのいるところに息子もいるようになるといったのである」と答えた。(p.88)

 息子アウグスティヌスのいる所とはマニ教のことであり、母モニカのいる所とはキリスト教のことである。


Das Neue Testament

Das Neue Testament

新約聖書―歴史・文学・宗教

新約聖書―歴史・文学・宗教

Mit dem « Alten » (dem Presbyteros) ist vielmehr ein Charismatiker gemeint, der seinen Beinamen seinem Alter verdankt. Dass er mit dem Verfasser des 1Joh oder gar der letzten Redaktion des JohEv identisch ist, wird immer wieder vermutet, lässt sich aber nicht erhärten. (p.109)

むしろ、ここでの「長老」が意味するのは、一人のカリスマ的な人物であり、そのカリスマ性のゆえにこの添え名が奉られたのである。この人物がヨハネの第一の手紙の著者、あるいはヨハネ福音書の最終的な編集に責任を負う人物と同一人物であるとする説が繰り返し唱えられてきたが、証拠固めが難しい。(p.241)

 これはヨハネの第二、第三の手紙の解説。
 大貫隆が底本に用いているのは、タイセン自身から手渡された増補版であり、私が読んでいるものとはちょっと違うところがある。ここでも「カリスマ性のゆえに」というところは、多分後から手が加えられたのだろうと思う。