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本の覚書

本と語学のはなし

マグダラのマリアと聖杯/マーガレット・スターバード

マグダラのマリアと聖杯

マグダラのマリアと聖杯

 諸悪の根源は男性原理が一方的に世界を支配してきたことにあり、今こそ女性原理の台頭すべき時である。したがって、イエスがマグダラのマリア(=ベタニアのマリア)と結婚し、子をもうけていたことが歴史的事実でなければならない。証明、火のないところに煙は立たない、Q. E. D.。
 イエスはダビデの子孫としてユダヤの王位を継ぐべきものであり、マグダラのマリアはサウルの子孫で王女となるべき身分の女性であり、彼らは実際に聖なる婚姻によって結ばれた。しかし、正統なイスラエルの王が誕生することは、ヘロデにとって見逃すことのできない危険なことであった。イエス逮捕の後に身重のマリアはアレクサンドリアに逃れ、サラという女の子を出産し、やがてフランスに至る。その地がサント・マリー・ド・ラ・メールである。彼女の身の安全のため、聖婚のことが福音書に書かれることはなく、やがて正統教会はこれを否定し去ることになる。
 聖杯、即ち聖なる器とは女性のことであり、イエスの血を受ける者のことである。この血統を密かに受け継いで、女性原理を守ったのが異端のカタリ派であり、メロヴィング朝テンプル騎士団もこれに由来し、錬金術もタロットカードも中世以来のシンボルを多く用いる絵画も民話も全てはその教義をカトリックに抗して伝承するための手段であった。
 著者は「私はそう確信している」とか「私はそう信じている」というフレーズだけを支柱にして、壮大な建築を構築しようとする。多様な解釈ができそうな場合でも、彼女は女性原理を読み取ることしか許さない。そしてあらゆる事象に女性原理が読み取れる以上、イエスには花嫁があったのでなくてはならないとする。だがそれは、説明にも何もなっていない。


 イエスは実際のところマグダラのマリアと結婚していたのか。それは分からない。
 だが、イエスがダビデ家の王子様で、マグダラのマリアがサウル家のお姫様で、二人してイスラエルに正統な王家を復活させようとしていたなんて言うのは、噴飯ものの妄想ではないだろうか。著者の考える女性原理とはそんなメルヘンチックなものなのだろうか。

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