本の覚書

本と語学のはなし

悪について/中島義道

悪について (岩波新書)

悪について (岩波新書)

 いわゆる弁神論の本ではない。中島の専門とするカント倫理学の紹介であり、そこで徹底的に化けの皮を剥がされるのは、義務に適った行為(適法行為)に潜む自己愛である。

カントがもっぱら矛先を向けたのは、外形的に適法行為=義務に適った行為を完全に成し遂げながら、同時に自己愛に支配されている人間である。彼らは、社会的に「賢い」からこそ、より危険なのであり、社会的に報われているからこそ、より悪いのである。(p.34)


 読むと出口はないというもやもやした気分になる。
 一つには、適法行為が真に道徳的に良いとされるには、自己愛から解放され、単に道徳法則への尊敬の念から行為した場合に限られるのだが、そのようなことはほとんど無理である。あからさまな臭気を放たない善行は、それゆえ最もたちが悪いかもしれないのだ。
 一つには、カント倫理学は形式を扱うものであり、何が適法行為であるかという実質的な内容を導くことはできない。我々はその都度自律的にこれを決定するより他なく、しかも世の中には白黒のつけられぬ問題に満ち溢れており、どちらを選択しても後悔することもある。しかし、道徳的であるとは、たやすく「そうするしかなかった」と納得することではなく、その自問を反芻し続けることであるという。