本の覚書

本と語学のはなし

パウロとペテロ/小河陽

パウロとペテロ (講談社選書メチエ)

パウロとペテロ (講談社選書メチエ)

 だいぶ長いことかけて読了したので、感想も書きづらい。
 どんな本かと言えば、タイトルの通りパウロとペテロの対比列伝のようなもの。ペテロの思想を語るには資料が乏しすぎるので、メインは彼らの足跡を辿ること。
 対比とは言っても、両者の対立を描こうとするものではない。小河によれば、本質においてパウロとペテロの福音理解は一致していた。

 ただし、ペテロもパウロも福音理解についての創造的で鋭い洞察を共有していた。両者の相違は、パウロがそれを民族を隔てる境界を踏み越えるまで徹底させて実践したことにある。それに、ペテロの性格的ひ弱さもあった。パウロのように強靭な意志を、彼は持ち合わせていなかった。福音の新しい実が生みだされようとするまさにその決定的な瞬間に、ペテロはたじろいだのである。すると、パウロの貢献は福音理解そのものというより、何が福音の本質であるかについての洞察を、キリスト教揺籃期の決定的時期に確信と不撓不屈の精神を持って貫徹させたその一徹さにあった、といえるだろう。(p.241)


 パウロというのはよく分からない人である。福音書では弟子の筆頭として大活躍し、晩年は初代ローマ司教(のようなもの)になって、その使徒職を代々のローマ教皇が受け継いでいることになっている。カトリックでは偉大な英雄である。
 しかし実際のところ、イエス死後のエルサレム教団で主の兄弟ヤコブに実権を奪われて以降、いかなる遍歴の伝道生活を送ったかについてはほとんど知られていない。最後はローマで殉教したらしいが、カトリック信仰の根幹をなすところの教皇制度を正当化できるか否か論証は難しい。


 カファルナウムにペトロの家と同定された建物の遺跡があるそうだ。もとは平均的な漁師の家であったのが、一世紀の中ごろに公共の場所として用いられるようになり、五世紀には教会堂に変えられ、やがてペトロの家と信じられるようになったものだという。
 この本を読んで一番わくわくしたところである。