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本の覚書

本と語学のはなし

名を呼んだ【ヘブライ語】

 久しぶりにヘブライ語を入力してみるためだけの記事。

אֶל-מְקוֹם הַמִּזְבֵּחַ אֲשֶׁר-עָשָׂה שָׁם בָּרִאשֹׁנָה וַיִּקְרָא שָׁם אָבְרָם בְּשֵׁם יְהוָה

そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった。(創世13:4)


 アブラハム(当時はまだアブラムと称していた)がエジプトからカナンの地に戻り、ベテルとアイの間、かつて祭壇を築いた(12:8)ところにやってきたときのこと。
 新共同訳では関係代名詞が節の最後までかかるとみているが、他の日本語訳を見ると、関係代名詞の中身は「祭壇を築いた」までと考えるのが多数派のようだ。例えば口語訳。

すなわち彼が初めに築いた祭壇の所に行き、その所でアブラムは主の名を呼んだ。


 「主の名を呼ぶ」とは、主を崇めるということ。もう少し突っ込むと、新改訳になる。

そこは彼が以前に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、の御名によって祈った。

 新改訳は原文の透けて見えるような直訳を目指していると言われるが、本当にそうなら私も新改訳を使いたいと思うが、必ずしもそうとばかりは言えないように思う。ここでは特に、主の名を呼んだとは書いてあるが、そしてそれは祈ることをも意味するだろうが、祈ったとは書いていない。


 ところで、主の名とは何か。原文にはYHWHと書いてある。たぶんヤハウェと読むのだと推測されているが、この固有名詞を口にするのはタブー視されていたので、後には主を意味する普通名詞、アドナイに置き換えて読むようになった。そして、そう読むように、アドナイの母音記号をYHWHに適用した(ヘブライ語では子音字しか書かないので、聖書には文字の周りに小さな記号を付けて、母音が分かるようにしている)。
 だから、そのまま読むとエホバになるが、それは間違いだと言われる。文語訳の頃はまだそういう知識はなかったようで、現在の訳がこぞって主とするところを、頑なにエホバと訳している。

即ち彼が初に其処に築きたる壇のある処なり 彼処にアブラム、ヱホバの名を龥(よ)べり

 それはともかく、主の名を呼んだとは、ヤハウェの名を呼んだということである。YHWHを主と訳すとなんだか分かりにくくなることがあるから、もう少し読みやすければ、たとえエホバであっても文語訳で読みたいと思うことがある。


 最後に月本昭男訳(岩波書店)と関根正雄訳(岩波文庫)。

アブラムは、彼がはじめに造った祭壇のある場所に来て、そこでヤハウェの名を呼んだ。

彼が最初に祭壇を築いた所であった。アブラムはそこでヤウェの名を呼んだ。


Biblia Hebraica Stuttgartensia

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