本の覚書

本と語学のはなし

詩のたのしさ/嶋岡晨

詩のたのしさ (講談社現代新書 484)

詩のたのしさ (講談社現代新書 484)

 作るという観点から読む。
 詩は私の考えていた以上に思想を盛る器であるのではないか、というのが一番の発見であった。そして、そうでなくてはならないだろうと思う。私は抒情的なものを長々と書き連ねることはできない。リリックなもののためには、三十一文字が限界であろう。
 私はどうしても短歌との対比で考えてしまう。短歌はどうしたって思想の器ではない。時々思想を詠った短歌も見かけるが、例えば直截的に反戦の文言を入れても面白くはならない。露骨なアレゴリーもただただ興醒めである。一つの風景(実景であれ心象であれそのあわいであれ)を詠嘆的に切り取った方が断然よい。それは思想の展開ではない。
 思想のためには詩を書くべきである。
 はたと思う。私に思想はない。詩は書けない。

 ところで、詩は出来もしない外国語で読む方がずっとうっとりするのはなぜだろう。

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