本の覚書

本と語学のはなし

王羲之

394 しめ結ひて我が定めてし住吉すみのえの浜の小松は後も我が松  余明軍


 『万葉集』巻第三394の歌。囲った女はいずれ俺のものだという、あまり品がないような内容だけど、類歌は結構あるようだ。
 ここではそれを問題にするのではなくて、原文を紹介したいのである。「印結而我定義之住吉乃浜乃小松者後毛吾松」というのが全文。初句は「印結而」、二句は「我定義之」、三句は「住吉乃」、四句は「浜乃小松者」、五句は「後毛吾松」。
 ひっかかるのは二句の「義之」であるが、字はちょっと違うけど、これは王羲之のこと。書の名人、すなわち「手師」であることから、「義之」と書いて「てし」と読ませるのである。
 もちろんいつでも「てし」が「義之」と書かれるわけではない。直前の歌の五句は「よそに見てしか」とあるが、原文は「外見而思香」であり、「てし」の部分は普通に「而思」となっている。


 この手の遊びは時々行われていて、「山上復有山」は山の上に山があるということで「出」という漢字を表したり、「十六」で「しし」と読ませたり、「てし」にしても他に「大王」と書かれたりする。これは王羲之の息子も書をよくしたので、二人合わせて大小王と称したことによる。