有名人もけっこういて、本上まなみ(鶯まなみ)は「そういえばおふろあがりのうちの犬ゆでソラマメのにおいに似てた」、千葉すず(すず)は「ヤクルトの古田のメガネすごくヘン もっといいのを買えばいいのに」、大塚ひかりは「遮光土偶の次なる人は西田幾多郎なり教科書の中でメガネかけているのは」、ターザン山本は「きいろとはいじけた色なりと てんりゅうげんいちろう」、吉野朔実は「車海老 春のてんぷら 氷水 バンドエイドに祝福を」などなど。
こうして回を重ねたものを、プロの歌人である穂村弘と東直子に批評してもらった座談の記録がこの本である。
ねむねむという「猫又」の中でも実力者の一人が「ちまちま」というお題で詠った歌、「キンメダイ骨につく肉ちまちまとけずりし彼は我の父なり」に対する穂村評が面白い。
ええ。「メダイ」はポルトガル語かな。キリスト教用語としては「御メダイ」とか言うはずですが、イエス・キリストとかマリア様とかの肖像を写したメダルのことですよね。だからこの歌の《キンメダイ》からは魚と同時に、金のメダルでしかもそこに肖像が彫ってあるというイメージが喚起されて、そうすると《骨》と《肉》、それから《彼は我の父なり》という表現……これはあの「天にまします我らの父よ」というときの《父》のイメージを引き出し、全く別次元の世界を作り上げてしまう。ここに実際に描かれている日常の光景と、もうひとつの宗教的な次元というものの落差が非常に大きくて、しかも二重に表現されている。そういう点でこの歌をすごいと思いました。(p.133)
さすがソフィア・ユニバーシティー。本人はそんなつもりで作ったんじゃないだろうけど、まあそれも実力の内だそうで。
ちなみに、「イエス・キリスト、神の子、救い主」のギリシア語の頭文字をつなぎ合わせるとイクテュス、すなわち「魚」となる。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」で食されていたものも魚であったらしいし、西洋では魚の表象は容易に宗教と結びつくものである。
これから短歌を作る人には良い本だと思う。この本は絶版だが、続編はまだ手に入る。その後はプロの歌をたくさん読む方がいいんじゃないかな。穂村弘が言うところの「しぼり」がアマチュアではどうしても甘くなる。短歌は「共感」だけではなく、「驚異」からも成り立っている。その部分はやっぱりプロに訊かなきゃならない。