本の覚書

本と語学のはなし

マドレーヌのように ―【第6回】短編小説の集い―

 前回に引き続き2回目の参加です。
 テーマは「桜の季節」。桜が咲く季節のイベントでもOKということです。
 字数オーバーを懸念していましたが、思ったほどボリュームが出せずに結局3500字弱というところでした。まだどう書いていいのかよく分かりません。というか小説ってどんなだったっけというくらい最近全く小説を読んでいない。ここからして何とかしなくては。


 特定の宗教宗派を非難する意図はありませんが、そう感じる方もいるでしょう。信心深い方はお読みにならないようお勧めします。

マドレーヌのように

  (一)

 R神父は両手を広げ肩の高さまで上げると、掌を前方に向けた。衰えかけた華奢な肉体が、この瞬間神々しさを帯びる。
「神様の本質は愛です。愛は対象を必要とします。愛の対象として、神様は私たちをお造りになりました。そして、私たちを愛するがゆえに、ひとり子のイエズス様を遣わされたのです。それは十字架の死に至るまでの壮絶な愛の業なのです」

 Pは教会の月曜夜の聖書教室に参加していた。
 子供の頃、イタリア人神父が無料の教室を開いていたので、実家からは遠かったが、少しの間英語を習いに教会に通ったことがある。英語はさっぱり覚えなかったが、クリスマスに土曜学校の子供たちと共同でキリストの生誕劇を演じたのはよく覚えている。馬小屋にお祝いに駆けつける農夫の役だった。
 それ以来キリスト教には何の縁もなかったが、大学三年の冬のある日、突如キリストの夢を見た。それが幾日も続いた。ある晩の黄金に輝くキリスト像は、イタリア人神父に連れられてクリスマス会の前に入った御御堂のそれに違いなかった。導かれるように聖書を読み、雷に打たれたようにアパートの近くにあった教会に電話をかけ、R神父と会った。
 それで今、復活祭に洗礼を受けるための準備をしているのだった。

 同じように洗礼準備をしている仲間が数人いた。O夫人は長崎のキリスト教徒の家庭に育った夫の意向で来ている。四十台後半のT女史は身の上話をすることはなかったが、いわくありげな疲れが顔に滲んでいる。高校生のS君は狂信者になりかねないほどに模範的な生徒である。

 その中に、一人だけ既にクリスマスに受洗を済ませたMという二十九歳の女性がいる。職業は看護師らしい。教会の勉強会には幾つも参加している。他の人が「父と子と聖霊の御名によって」と唱える時には、きまって自分も小さな声で一緒に唱えた。マリア・マグダレーナ(マグダラのマリア)が彼女の洗礼名だ。


  (二)

 この日、PはMと目を合わせようとしなかった。
 前日のミサの後、教会の庭で代父となるK氏やその仲間たち――熱心な聖母マリア崇敬で結ばれていた――と立ち話をしていたPのところへ、Mが近づいてきた。
 Mは顔が広い。K氏らとも知り合いで、無原罪のマリア像の後ろに一本だけ植えられた桜の枝に蕾が綻び始めたのを指さして、聖霊が見えると言った。Pにはそれが本気なのか教会ジョークなのか分からなかったが、K氏らはみな嬉しそうに笑っていた。

 MはPとK氏を誘い、修道士がインドに渡り貧しい人々に寄り添って生きる映画を見に行った。そしてK氏と別れた後にPに体を寄せ、もう少し話がしたいと言う。喫茶店に行こうと言うPに対して、Mはどうしても首肯せずに部屋までついてきた。料理を作り始め、食べ終わるとPに首を凭せ掛けた。ついにPは押し倒された。
 求められるままにMを抱き続け、長い夜は終わった。朝日が二人を照らした。Mは布団の上に半身を起こし、掌を上向きにして左腕を差し出した。幾筋もの傷が手首を横断していた。そして、Pの精子の匂いを洗い流さぬまま、Mは職場へ向かった。


  (三)

 聖書教室が終わると、いつものようにR神父は皆を食堂に招いた。エスプレッソを淹れてくれるのだ。そしてイタリアに留学した青年時代を回想する。

 Pは昨晩Mが語った過去を思い出していた。Mは子供の頃、母の連れ子として新しい父親と暮らし始めた。父には男の連れ子がいた。Mには血の繋がらない兄ができた。Mは高校卒業と同時にその家を逃げるように出た。そこに秘密があるように思われた。
 Pはまた昨晩の行為を思い出していた。また同じことが今晩も起るのではないかと恐怖した。だがMは自らを人質にとっている。求められれば体力の続く限り応じなくてはならないのではないか。

 コーヒーを飲み終ると、R神父は後片付けは女性陣に頼むからと言って、PとS君を帰した。結局PはMと一言も交わさなかった。ただ彼女が新たな生命を愛おしむかのように腹部をやさしく撫でているのを横目に見て、アパートに戻った。
 帰宅してからも、いつ部屋のドアがノックされるかと何も手につかずにいた。しかし、この夜ドアが叩かれることはなかったし、電話のベルも鳴らなかった。


  (四)

 この年の復活の主日は三月の末であった。「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」と定められているので、年によって三月の下旬から四月の下旬頃までを移動する。
 幸運にも若い日々をパリで過ごすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとパリはついてくる。パリは移動祝祭日だから。ヘミングウェイはそう言った。
 Pにとって復活祭は、そのような意味において移動祝祭日となった。しかしそれは宗教的フォリアというよりも茨の刺として、Pの心臓をその後もどこにいようとも刺し貫いたのである。

 Pは額に水を垂らされて洗礼を受け、油を垂らされて堅信を受けた。I教会の洗礼番号三一四×番、堅信番号二〇九△番。洗礼名はトマス・アクィナス。マリア・コルベを洗礼名とする代父K氏とも、マリア・マグダレーナを洗礼名とするMとも、自ずと違う性向であったのだろう。
 ちなみに、高校生のS君の洗礼名はステファノ、O夫人はテレジア、T女史はMと同じくマリア・マグダレーナであった。

 ミサが終わると、教会の庭には立食パーティーの用意がされていた。一本きりの桜はちょうど満開で、無原罪のマリアの乳色の肩に時折はらはらと花びらが落ちる。
 一緒に受洗した聖書教室のクラスメイトとそれぞれの代父、代母らが集まり、互いに祝福しあった。そこにMやK氏の仲間も加わった。

 PはそのままK氏とその仲間、そしてMとともに近くのレストランに行った。
 K氏とその仲間はいずれも熱心な信徒である。聖書教室では聞かなかったようなことも、教育的配慮からPとMに話してくれた。
 聖体は神父がミサで聖別する時、本当にキリストの体になる。パウロが三度キリストを否定し、それでもやはり信仰せざるを得なかったように、否定の劫火を通らないような信仰は本物ではない。自分はできれば毎日でも告解をする、心に他人を責めることがあれば直ちに神父のところに行く。それにしてもあの公会議は……。

 Pは何か場違いのところにいる気がした。Pはただ聖書を読み、それまでの図式的なキリスト教理解が崩れて、小さな者に宿る神を見たような気がした。そんな風に聖書を読みたい、それだけであった。
 聖書教室に通った間、それは確かに聖書教室という名前であったが、どれほど聖書の章句を読んだだろうか。イエスと書いてあれば、まるで振り仮名が振ってあるかのようにイエズスと読み替える。聖書について学んだのはそれくらいではなかったろうか。
 Pには少しばかり疑念が湧きつつあった。
 Mは退屈をして、露骨にならない程度にPに体を摺り寄せるばかりだ。Mは教義が嫌いだった。特に十戒の姦淫の禁止には抵抗した。好きになったら仕方がないではないか。ただし好きな教義もあった。避妊の禁止である。

 K氏がトイレに行っている間、Pは意外な話を聞いた。K氏のマリア信仰には気をつけなさいと言うのである。K氏とその仲間はかつて同じマリア崇敬の会に属していたのだが、その彼らがK氏の熱烈な信心にはなお付いていけないらしい。あるいは、彼らのマリア崇敬とK氏のそれとの間に路線の相違があったのかもしれない。小さな溝ほど越えにくいものだ。メダルだの布切れなどに何の意味があるのかと言う。しかし、Pは受洗の記念にメダルだの布切れだのをK氏から貰ったばかりであった。

 いつまで経ってもK氏とその仲間の話は終わりそうになかった。Mは我慢できなくなった。Pを促し、二人で中座することにした。K氏は一瞬驚いた表情をしたが、何も言わなかった。PがK氏を見たのは、これが最後となった。


  (五)

 二人はPの部屋に着いた。
 Mは直ぐにPに抱きついた。口を求め、舌を求めた。そして服を脱いだ。
 延々と繰り返された。果てしのない夜がまた続くのかと思われた。
 その時である。闇の底から、何の表情も持たない乾いたひとつの言葉が響いてきた。
「神父様もよく私を抱くの」

 Pは萎えた。Mを激しく突き放した。
「この子が邪魔なんでしょう」
 Mは狂乱して自分の腹部を叩き始めた。Pは決して彼女の子宮に漏らしたことはなかったが、そんなことをしてはいけないと、その手を押さえつけた。
 Mは再びPに抱きつこうとした。しかしPは拒否した。黙って服を着始めた。

 Mも啜り泣きながら服を着た。何も言わずに部屋を出た。マドレーヌのような泣き声は、桜の匂う闇の中へ消えて行った。

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