本の覚書

本と語学のはなし

聖書ヘブライ語/谷川政美監修

聖書ヘブライ語

聖書ヘブライ語

  • 発売日: 2009/05/11
  • メディア: 単行本

הֲבָאתָ עַד-נִבְכֵי-יָם וּבְחֵקֶר תְּהוֹם הִתְהַלָּכְתָּ

お前は海の湧き出る所まで行き着き、
深淵の底を歩き回ったことがあるのか。 (ヨブ38:16/フランシスコ会訳)

9か月

 この本を購入したのが去年の6月4日で、その直後に勉強を始めているから、途中放置したり、山田恵子の『ニューエクスプレス 古典ヘブライ語』(白水社)に手を出したりした期間も含めて、およそ9か月での終了ということになる。
 語学好きを自認している割には長かった。けれど、初めての文字、初めてのセム語、素人には不規則としか見えない諸々の事象や古典語的と言うべきあいまいさなど、独学するにはいろいろ難しい点もあったのだ。むしろ、よく投げ出さなかったものだと思う。

アラム語

 若い頃なら、旧約聖書新約聖書を研究するのに必要なあらゆる言語を習得しなくてはならないという強迫観念に囚われて、語学の大海の中に溺れていただろう。今は身の程を知っているので、後は必要な時期が来たら聖書アラム語を学ぼうと思うだけである。おそらくアラム語ヘブライ語と大きくは違わないはずだし、聖書に現れるアラム語はごく僅かだから、きっと大変な作業ではないにちがいない。
 例えば、マルコによる福音書15章34節によると、イエスは「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(ελωι ελωι λεμα σαβαχθανι;)」と叫んで死んでいった。「わたしの神、わたしの神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(フランシスコ会訳)という意味だが、これは全部アラム語である*1。これに対応するヘブライ語詩篇22章2節はこうである。

אֵלִי אֵלִי לָמָה עֲזַבְתָּנִי

 音写すれば「エリ、エリ、ラマ、アザブタニ」。エルが「神」で、その後に「私の」を表すイがくっついている。続けて読むとエリ。アラム語のエロイである。ラマは前置詞と疑問代名詞が一体化したもので、「なぜ」。アラム語のレマにあたる。アザブタニは「見捨てる」という意味の動詞アザブの完了2人称単数形アザブタに、「私を」の人称接尾辞ニをくっつけたもの。多分アラム語でも語幹のサバクに人称活用語尾のタ、人称接尾辞のニをつけた形がサバクタニなのではないかと想像される。

今後

 次のステップは原典講読である。ミルトスの対訳シリーズの助けも借りながら、創世記を読む。読みながらでなくては会得できないこともたくさんある。
 で、1年くらい読解に励んだ後に、もう一度この文法書をさっと通読する。もう忘れている部分もあるし、語学的にちょっと難しい話もあるけれど、原典に親しんでからならきっとよく身につくだろう。
 最終的には1日1章(理想は2章)こなせるようになりたいが、どうだろう。まあ、新約聖書学(旧約聖書学ではなく!)を学ぶ上で最低限必要な語学力が養われれば、それで良しとしたい。

独習者に薦められるか

 よい本だと思う。しかし、独習は難しい。初学者にはやや不親切であるのは確かだけど、ヘブライ語が独習向きでないのだから仕方ない。
 練習問題に解答はないが、ほとんどの問題が読解であり、当然聖書の実際の文章から採ったものである。巻名、章節番号が明示されているから、翻訳を手元に置いて自分で調べればよい。しかし、巻末の語彙は不十分だから、辞書を用意しなくてはならない。辞書は初学者にはまともに引けるはずもないので、語形分析専用の辞書も用意しなくてはならない。
 発音はなかなか分かりにくい。できればCDつきの山田恵子『ニューエクスプレス 古典ヘブライ語』(白水社)も持っている方がよい(現代語読みである)。通読するかどうかはともかくとして、最初はこちらから取りかかる方が近道かもしれない。これを買わないにしても、ヘブライ語聖書の朗読を聞けるサイトなどは利用するべきだ。
 そんなわけで、お薦めはするけど、必ずヘブライ語が読めるようになるとは保証しないし、ちょっとお金がかかるということは強調しておきたい。

*1:マタ27:46では「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」となっており、エリだけはヘブライ語の形を取っている。