本の覚書

本と語学のはなし

トマスによる福音書/荒井献

トマスによる福音書 (講談社学術文庫)

トマスによる福音書 (講談社学術文庫)

ナグ・ハマディ文書の一つ。エジプトで発見されたグノーシス主義の文献である。
▼『トマスによる福音書』はコプト語で書かれており、グノーシス主義的な編集を受けてはいるが、元来はエデッサあたりでシリア語で書かれたユダヤキリスト教福音書が原本であると推定される。そのギリシア語訳の一系統がオクシリンコス・パピルスに残され、一方ではそれとは直接的依存関係のない別系統のギリシア語訳がコプト語に訳され、ナグ・ハマディに残されたらしい。
▼言行録ではない。語録集である。マタイとルカが用いた資料として、Q資料という語録資料が想定されているが、『トマス』の発見によってその仮説が一層真実味を帯びるようになった。
▼『トマス』自体は年代的にも正典福音書より遅れるし、グノーシス的な編集を経ていることもあるけれど、時にはより古い形を残していると考えられる部分もある。佐藤研編訳の『福音書共観表』(岩波書店)では、並行箇所が認められる場合、『ヨハネ』のみならず『トマス』の本文も比較されている。
▼アグラファと呼ばれる正典福音書には知られていないイエスの言葉も採録されている。もちろんそれがどこまで史的イエスに遡りうるかは分からない。

▼原初的統合を回復した覚知者が「単独者」と呼ばれ、彼は決して死ぬことがない。

1 そして、彼が言った、「この言葉の解釈を見出す者は死を味わうことがないであろう」

▼正統教会への批判も含まれている。次の語録のマリハムとは、マグダラのマリアのことである。

114 シモン・ペテロが彼に言った、「マリハムは私たちのもとから去った方がよい。女たちは命に値しないからである」。イエスが言った、「見よ、私は彼女を(天国へ)導くであろう。私が彼女を男性にするために、彼女もまた、あなたがた男たちに似る生ける霊になるために。なぜなら、どの女たちも、彼女らが自分を男性にするならば、天国に入るであろうから」

▼そういえば、クロッサンはイエスによる二人ペアの使徒派遣は男女の対であると想定していた。

▼本来的自己を覚知して命に至るというグノーシス主義の根本的なアイデアは、仏教に比較的似ている。ちなみにグノーシス主義キリスト教に固有のものではなく、どの宗教にも適応できるものであり、例えばマニ教なども最後はブッダのための宗教となったようである。

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