本の覚書

本と語学のはなし

人と思想7 イエス/八木誠一

▼史的イエスについては、その生涯を跡付けることはほとんどできない。しかし、その思想はかなり正確に抽出できる、という立場。
▼そのイエスの思想というのが、かなり抽象的な実存主義のようなものになるのだけど、それは八木やブルトマン(読んだことはないけど)などの近代的な読み込みではないだろうか。

▼このところ雑念に捕われて、どうも読書に集中できない。したがって感想文もろくなことが書けない。
▼外国語の方もさっぱりはかどっていない。気分転換にラテン語ウェルギリウスに戻してみたけど、続くだろうか。アウグスティヌスに帰るべきだろうか。
▼ところでアウグスティヌスウェルギリウスについてこんなことを言っている。

ところが、あの文学を教える学科によってわたしはアエネアスとかいう者の漂流物語を暗記し、わたし自身の漂流を忘れ、恋ゆえにディドの死を泣き悲しんだ。しかし、あわれむべきわたしは、わたしの生命である神を、あなたからはなれて死ぬばかりになっていたわたし自身を乾いた眼でみて平然としていた。(服部英次郎訳『告白(上)』p.30)

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