本の覚書

本と語学のはなし

購入8-2

 今月はほとんど休みがなくて碌に本も読めない。しかし、仕入れだけはしてしまう。
 和書はできるだけ職場で読もう、家でのメインの読書は英語(とドイツ語)に切り替えよう、と思い立ったのだが、さてどうなることか。これまでも幾度か試みて、すべて失敗しているのだから。


はじめて読む聖書 (新潮新書) 古代オリエントの宗教 (講談社現代新書) パウロ (センチュリーブックス 人と思想 63)

 田川建三ほか『はじめて読む聖書』(新潮新書。季刊誌「考える人」の特集「はじめて読む聖書」(2010年春号)を再編集して新書化したもの。
 池澤夏樹内田樹橋本治吉本隆明といったそれだけで売れそうな名前を表に出さず、著者名はただ「田川建三ほか」となっている(帯は有効活用されているけど)。分量的には確かに田川へのインタビューが群を抜いているが、商業的にはどうなのだろう。それほど一般に知られた名前なのだろうか。

 青木健『古代オリエントの宗教』(講談社現代新書。旧約や新約はパレスチナから西方世界へと拡がっただけではない。独特の仕方ではあるが、東方世界においても受容されていたのである。基本的にはマニ教イスラム教を知っていれば十分かもしれないが、それらの間を埋める諸々の信仰もまた興味深い。

 八木誠一『パウロ』(清水書院。良くも悪くも、パウロこそキリスト教の中心である。もちろん信仰の対象ということではなくて、キリスト信仰のあり方を決定づけたということである。それがイエスといかなる関係があるのか、よく見極めなくてはならない。
 私はパウロを否定するのではない。しかし、これまでパウロを通してしかイエスを見ることがなかったのを、少し修正して行こうと思うのである。

イエス研究史―古代から現代まで 新約外典・使徒教父文書概説

 大貫隆・佐藤研編『イエス研究史』(日本基督教団出版局)。私のキリスト教の勉強は、一つには新約聖書を自分で正文批判しながら読むことができるようになるため、一つにはイエスをその時代的、社会的、文化的状況の中から捉えなおし、それがどのようにキリスト教の誕生に接続していくのかということを考察するためである。
 史的イエスを学び始めると、いつでも出会う固有名詞がいくつかある。この本は、それらの研究者の仕事を整理するのに便利そうだ(史的イエスの学者だけ扱っているわけではないけようだけど)。

 ヴァルター・レベル『新約外典・使徒教父文書概説』(教文館。今、講談社学芸文庫の『使徒教父文書』を読んでいるけど、あまり面白くはない。正典になった文書というのは、それなりにベストメンバーだったのだろう。もちろん幾つかの書には今でも異論はあるだろうけど。
 ただ、正典を持つ前のキリスト教世界には、後に正典となったもの以外にも様々な文書が流通しており、よく読まれていたということは知っておかなくてはならない。福音書も使徒行伝も書簡も黙示録も、我々の想像以上にたくさん存在していたのである。

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