本の覚書

本と語学のはなし

アイコンの変更


テトラドラクマ

 アイコンに特に思い入れはないので時々変えたりする。今回もブログテーマを変えたらセピアの色調に鮮やかな青が合わない気がしたという、それだけのことである。
 新しいアイコンは古代ギリシャの4ドラクマ銀貨だ。現代ギリシャでも、1ユーロ硬貨のデザインに使われている。ただし、古代の銀貨は反対面に女神アテナの横顔が刻まれているが、現代のユーロの場合、表はユーロ圏全体で統一されており、面白味のない大陸と星が見えるばかりである。

フクロウ

 中心の鳥はフクロウ。学問の女神の聖鳥である。知恵の象徴として、現代でも例えば読書週間のデザインのモチーフに使われたりしている。
 アテナに付く定型的な形容詞の一つにグラウコーピスというのがある。「輝く」という意味のグラウコスと「眼」という意味の「オープス」の合成語であり、普通「輝く眼の」と訳される。ただし、「フクロウ」のことをグラウクスというので、「フクロウの眼の」という意味であるとも考えられてきた。第一義的には前者であったとしても、フクロウをイメージさせる語であるには違いない。

オリーブ

 左上の植物はオリーブの枝である。アテナはオリーブ栽培の守護神でもあった。
 ポセイドンアッティカの地を争った時、おのおのが最良の贈り物を与える約束をした。ポセイドンが三叉の矛の一撃でもってアテネアクロポリスに塩水の泉を噴出させたのに対し、アテナはオリーブを芽生えさせた。神々が審判者となり、女神に軍配が上がったという。

三日月

 フクロウの背とオリーブの間に、小さな三日月が見える。
 特にアテネと月とを結びつけるような話はないようだから(月の女神はアルテミスである)、これはフクロウとのセットなのかもしれない。
 あるいは闇夜を照らす光なのだろうか。

ΑΘΕ

 右側に刻まれたギリシャ文字はΑΘΕ(横になっているが)。ローマナイズするとATHEである。
 ネットで調べてみたが、アテネのことという人もあれば、アテナのことという人もある。大体において素人の発言のようだ。ギリシア語のできる人がコインには発行都市の名前など入れないものだと主張していたとしても、コインの専門家でなければとても信用できるものでない。少し検索しただけでも、いくらでも都市名入りのコインは見つかった。
 ひょっとしたら両方を掛けているのかもしれない。もともと神名と都市名とは分かちがたく結びついているのだし。

アテナ

 さて、アテナであるけど、ゼウスがメティス(「思慮」という意味)を飲み込んで、後にゼウスの頭から生まれてきたのだという。メティスによって生まれる男子に王位を奪われると予言されていたためだ。
 アテナは生れた時から完全武装をしていた。彼女はまずもって戦(いくさ)の神であったのだ。戦の神が知恵の神でもあるとはけったいだと思われるかもしれない。しかし、知恵は武具を身にまとうのである。ハイネも『ドイツ古典哲学の本質』で言っているではないか。

君たちフランス人は今ではロマン主義者だけれども、うまれつき古典主義者だ。だからギリシア神話オリュンポス山のことはよく知っている。あの山で男女の神々が、はだかのままで、神のたべる酒や食物を酔いくらって、たのしんでいるあいだにまじって、こうしたよろこびやたのしみのさなかにいながら、よろいを着、かぶとをかぶり、槍を手にしたひとりの女神をみかけるだろう。
それこそ、知恵の女神である。(伊東勉訳、岩波文庫 p.243-244)

 後に彼女の盾には、ペルセウスが退治したメドゥーサの首がつけられる。毛髪が蛇であって、その目を見たものはみな石となるという、あのメドゥーサである。
 処女を守った。ヘパイストスに手籠めにされそうになった時、これを拒否したものの、彼の精液が彼女の足に垂れた。怒って羊毛で拭き取り地上に投ずると、そこからエリクトニオスが生まれたという。これを彼女の子と呼んでよいのかどうか分からないが、彼女は認知していたようだ。エリクトニオスはアテネ王家の祖となった。

おまけ

 最後にヘシオドスの『神統記』からも引用しておこう。彼においては、「アテナ讃歌」を見てもそうだけど、ひたすら恐るべき女神としてイメージされているように思われる。
 彼女に見出されるのは、氷の知性であったのだ。

αὐτὸς δ᾽ ἐκ κεφαλῆς γλαυκώπιδα γείνατ᾽ Ἀθήνην,
δειὴν ἐγρεκύδοιμον ἀγέστρατον ἀτρυτώνην,
πότνιαν, ἧι κέλαδοί τε ἅδον πόλεμοί τε μάχαι τε· (924-926)

そして ゼウスみずから 輝く眼のアテナを生まれたのだ 御自分の頭から。
この方は 畏(かしこ)い方で 鬨の声を惹き起こし軍勢を導き 疲れを知らず また女王である。
彼女は 喚声 戦い 闘争を楽しみたもうのだ。(廣川洋一訳、岩波文庫 p.115)