本の覚書

本と語学のはなし

天使祝詞 ※訂正あり

 お祈りなんてしないので、もう二年も前に「聖母マリアへの祈り」が「アヴェ・マリアの祈り」に置き換えられたことも知らなかった。
 といっても、私は文語バージョンしか記憶してないのだけど。「めでたし、聖寵満ち満てるマリア、主御身とともにまします。御身は女の内にて祝せられ、ご胎内の御子イエズスも祝せられたもう。天主の御母聖マリア、罪びとなるわれらのために、今も臨終の時も祈りたまえ、アーメン」。
 それが口語になった。「恵みあふれる聖マリア、主はあなたとともにおられます。主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエスも祝福されました。神の母聖マリア、罪深いわたしたちのために、今も、死を迎える時も祈ってください。アーメン」。実は私は一度もこれを唱えたことがない。
 で、新しくなった「アヴェ・マリアの祈り」。「アヴェ・マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。神の母聖マリア、わたしたち罪びとのために、今も、死を迎える時も、お祈りください。アーメン」。

 なぜ新しくなったのかは知らないが、一つには、ギリシア語の「カイレ」とかラテン語の「アヴェ」の部分が、文語では「めでたし」とあったのに、口語でまったく失われてしまったので、それを回復したかったのだろう。一つには、「恵みあふれる」に対する反発と思われる。ギリシア語では「恵みを与える」という動詞の完了受動分詞が用いられており、ラテン語では「満ちる」という形容詞の補語として「恵み」という名詞が置かれている。いずれにしろ、これは「神の恵み」なのだということが明らかでなくてはならない。最後に、聖書に明記されている「女の内にて」という言葉が、口語では何かに配慮したらしく削除されていた。これを復元しなくてはならなかったのだろう。

 ちなみに、この祈りの前半は「ルカによる福音書」の天使ガブリエルの言葉(1.28)とエリザベートの言葉(1.42)を組み合わせたものである。それぞれ、ギリシア語とラテン語を引用してみる。

 χαῖρε, κεχαριτωμένη, ὁ κύριος μετὰ σοῦ.
 Ave, gratia plena, Dominus tecum.

 εὐλογημένη σὺ ἐν γυναιξὶν καὶ εὐλογημένος ὁ καρπὸς τῆς κοιλίας σου.
 Benedicta tu inter mulieres, et benedictus fructus ventris tui.

 信ずべからざる受胎告知に対して、マリアは「御言葉のままに」と答えた(1.38)。

 γένοιτό μοι κατὰ τὸ ῥῆμά σου.
 fiat mihi secundum verbum tuum.

 「ゲノイト」は希求法。「フィアット」は接続法。いずれも三人称単数だけど、英語に同じような用法はないので、「let it be」などと訳される(欽定訳は「be it」と仮定法現在を使っているが)。本来は「なるにまかせる」というよりは、「天使の言葉、すなわち神の意志のままに」というほどの意味である。