- 作者:ランボー
- 発売日: 1951/10/23
- メディア: 文庫
不必要と思われる文語体の多用は、当時も私の知能にとって意味を不明瞭にし去ったものだけど、今読んでも少しく首を傾けざるを得ないし、時々文法も間違ってるんではないかと言いたくなる。
訳詩も詩でありたいということで、堀口のかなり癖のある文体が固執されていて、いったいランボーなんだか堀口なんだか分からない。
「わが放浪」の二行目「僕の外套も裾は煙のようだった」につけた注釈に、「添え書に『ファンテジー』とある薬が利いたか茶目っけがでて、良寛和尚の詩に『破れ法衣の裾は煙のようだった』とあったのを思い出し、こんな具合に訳してみた、寛恕寛恕!」とあるのを、当時は決して大目に見ようとは思わなかった。今はそれほど不寛容ではないけど、それというのも単に堀口が良寛の里にゆかりのあることを知っているためであるかもしれない。
悪口を書くのが目的ではないので、「黎明」を書き写してやめておく。
僕は夏の黎明を抱きしめた。
宮閣の奥ではまだ何物も動かなかった。水は死んでいた。陰の畠は森の道を離れなかった、僕は歩いた、鮮やかな暖かい呼吸を呼びさましながら、すると宝石たちが目をみはった、そして翼が音なく起きいでた。
最初の企ては、すでに爽涼蒼白な光に満ちた小径に咲いた一輪の花が僕に名を告げる事だった。
僕はワッセルファル〔独語で滝のこと〕に笑って見せた。それは松林の向うで髪を乱した。銀嶺に僕は女神の姿を見た。
さて僕は、一つ一つに彼女のヴェールを取り去った。並木の中で、腕を振って。平地へ降りると僕は彼女を雄鶏に密告した。大都へ来ると彼女は鐘楼や円屋根の間を逃げまわった、僕は大理石の河岸を乞食のように駆けつづけて彼女を追いかけた。
道のかみ手の月桂樹の森のそばで、僕は彼女のものであるヴェールを集めて包んでやった、僕には僅かながら彼女の巨大な肉体が感じられた。黎明と子供は月桂樹の森の麓へころげおちた。
目が覚めると、正午だった。
今読むと、ランボーの自伝そのままではないかという気がする。最後に突如出てくる子供とは何者だろうか。あるいは女神を追い続け、その肉体に触れることのできた、ランボー自身だったろうか。目覚めたランボーは、もう二度と同じ夢を見ようとはしないのである。