本の覚書

本と語学のはなし

新潮日本文学アルバム 森鷗外


 坂内正『鷗外最大の悲劇』(新潮選書)が届いた。鷗外は決して聖人君子ではない。その生涯にはイメージにそぐわない幾つかの脱線だってある。ドイツ留学時代の恋人エリーゼが鷗外を追って来日した事件は有名だ。最初の妻登志子を離縁した後、美術品のごとき志げと再婚するまで、いまだ封建時代に生きているかのような小玉せきを隠し妻としていたこともある。
 しかし、脚気論争ほど鷗外信仰を揺るがす汚点はなさそうだ。鷗外は脚気の原因を細菌とし、誤った兵食論によって日清日露の役にただならぬ数の死者を出した。論争は苛烈を極め(それは非難するべき事と思わないが)、脚気の原因が次第に明らかになるにつけても生涯その非を認めることはなかった。それが鷗外の晩年の憂鬱につながっているという。私も詳細は知らない。だから、この本を読まなくてはならない。
鴎外最大の悲劇 (新潮選書)


 考えてみれば、私は脚気論争について知らないばかりか、鷗外の生涯の歩みも漠然とした知識しか持っていない。昔買ったまま写真しか眺めたことのなかった『新潮日本文学アルバム 森鷗外』を、年譜も含めて全部読んでみた。漠とした輪郭をいくばくも精緻にすることはできなかったが、今後鷗外関連の本を読む際の基礎とすることはできるだろう。
 この本には脚気論争について一文字も書かれていないが、付録のエッセイは吉村昭の筆になるものだ。年とともに関心は歴史小説に限定されるようになったとはいえ、鷗外を敬愛する作家である。この人の作品に『白い航跡』(講談社文庫)というのがある(今度買うつもりだ)。脚気論争の相手高木兼寛を主人公にした歴史小説である。鷗外ファンがこの問題をどう扱うのか、見てみたい。
 折しも、鷗外の曾孫森千里(医学博士)が『鷗外と脚気』(エヌティティ出版)と言う本を出した。身内の側からどんな言葉が出てくるのか。これも買わなくてはならない。

森鴎外  新潮日本文学アルバム〈1〉

森鴎外 新潮日本文学アルバム〈1〉

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