本の覚書

本と語学のはなし

『うひ山ぶみ』開始


 『源氏物語』「葵」の巻を終える。源氏の妻・葵の上は六条御息所の生霊に祟られて死亡。源氏は成長した(といっても今の中学生くらいだと思うが)紫の上と契り、それ以来彼女の機嫌が悪い。

御年の加はるにや、ものものしきさへ添ひたまひて、ありしよりに、きよらに見えたまふ。

〔源氏の〕君はお年が加わったためでか、重々しい感じまでお添いになって、以前よりも綺麗にお見えになる。


 引用は源氏が左大臣邸に新年のあいさつに行った時のこと。三つの「け」が同時に出てくるのでメモとして。最初の「け」は漢字をあてると「故」。決まって「けにやあらむ」か「けにや」という形で出てくる。「〜のせいだろうか」の意。二番目のは「気」だろう。「感じ」のこと。最後のは「異」で、多く「よりけに」の形で使われる。「〜より一層、格別」といった意味である。


 新潮版の第二巻はまだまだ「明石」まで続いていくのだが、いったん休止して、本居宣長の『うひ山ぶみ』を読む。古文としては全く難しくはないが、注や解説がけっこう煩くて、短いながらも少々時間がかかるかもしれない。それに、今まで古文は極力毎日読むようにし、お蔭でだいぶ力もついたのだけど、しばらくはギリシア語、ラテン語、ドイツ語のローテーションの中に組み込んで様子を見ることにした。これでは捗りそうにない。

 詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦まずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかかはるまじきこと也。いかほど学びかたよくても、怠りてつとめざれば功(いさをし)はなし。
 又、人々の才と不才とによりて、其功いたく異なれども、才・不才は生れつきたることなれば、力に及びがたし。されど、大抵は、不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有る物也。
 又、晩学の人も、つとめはげめば、思ひの外、功をなすことあり。又、暇(いとま)なき人も、思ひの外、いとま多き人よりも功をなすもの也。
 されば、才のともしきや、学ぶことの晩(おそ)きや、暇のなきやによりて、思ひくづをれて止むることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば出来るものと心得べし。すべて思ひくづをるるは、学問に大きにきらふ事ぞかし。(p.53-54)


 私は学問を志しているわけではないけど、一番の問題は手を広げすぎていることだろう。

本居宣長「うひ山ぶみ」 (講談社学術文庫)

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