本の覚書

本と語学のはなし

燃えよ剣(上)/司馬遼太郎


 新選組(この本では撰の字は用いない)誕生まで二百数十ページ。池田屋事件蛤御門の変などの後、慶応二年の初めあたりで上巻が終わる。私は新選組には何の興味もなく、何らのシンパシーも抱かないのだけど、幾つか興味を引いた点はある。
 第一に、新選組土方歳三なしには発展しえなかったということ。政治に興味を示す気のいい局長・近藤勇ではなく、喧嘩師として新選組を非情の殺戮集団に鍛え上げた副長・土方がこの本の主人公である。
 第二に、この本を読んでいても幕末の歴史はぼんやりとしか見えてこない。この視界の不明瞭さは、恐らくそのまま新選組の歴史感覚の反映である。
 第三に、唯一よい話だと思ったのは、総長・山南敬助の潔さである。当初からのメンバーであるけど、彼は近藤の道場の食客であっただけで、剣は天然理心流ではなく北辰一刀流である。攘夷集団であるはずの新選組が攘夷の志士を斬り殺すことに疑問を感じ、置手紙を残して脱退したが、沖田総司に連れ戻され切腹する。

 沖田は、だまっている。なぜこの運のわるい仙台人は自分に追いつかれてしまったのかと腹だたしかった。
 第一、山南という男のみごとさは、隊を退くにあたって行方をくらまそうとはせず、置手紙にも堂々と、――江戸へ帰る、と明記してある。だけではなく、宿場はずれの茶店から、追跡者である自分の名を、かれのほうから呼んだ。山南らしい、すずやかなふるまいである。(p.490)


 下巻では鳥羽・伏見から五稜郭へ至る戦いが描かれる。私が本当に読みたいと思っているのは、それである。

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

燃えよ剣(上) (新潮文庫)