本の覚書

本と語学のはなし

湖月抄


 兄の残していった本の中に『源氏物語湖月抄』三巻がある。こんなもの兄は絶対に読まないだろうから、私の本棚に収めることにした。私もこれで『源氏』に挑戦するつもりは毛頭ないけど、たまに開く分には面白そうだ。なにしろ北村季吟以前の旧注を厳選した原『湖月抄』に、契沖賀茂真淵本居宣長らの新注を増補した名著である。

年ごろ何ごとを飽かぬことありて思ひつらむ、あやしきまでうちまもられたまふ。(葵21)

「長年この人の何を不足に思ったのであろう」と、不思議なくらい我しらずじっとお見つめになる。(p.282)


 『湖月抄』を見ると、まず原文の「とし頃」の右傍らに「源の心也」、「うちまもられ給ふ」の右傍らに「源の葵を也」と書かれている。これによって、主語や目的語を明確にしているようだ。左に傍らには、ひらがなの本文に対して適宜漢字が当てられている。
 さらに、ページ上部に注釈がついている。この部分、〔細〕(『細流抄』西三条ノ右大臣公條)では「としごろうとうとしかりしを、源の後悔也。何も不足もなき人となり」、〔抄〕(特に凡例に記載はないが、原『湖月抄』のことか)では「かやうの折ふし、源の思ひのそひたるが、葵のなくなるべき前相なり」とある。「なくなるべき前相」とは、今で言う死亡フラグのことである。


 原『湖月抄』に対して、本居宣長は『玉の小櫛』で言っている。「今の世にあまねく用ふるは湖月抄なり。げに、この抄はさきざきのもろもろの抄どもをあまねくよきほどに頭と傍とに引出で、師説・今案をもまじへ、すべてよるにたよりよきさまにぞ書きなしたる」。
源氏物語 湖月抄(上) (講談社学術文庫 (314)) 源氏物語 湖月抄(中) (講談社学術文庫 (315)) 源氏物語 湖月抄(下) (講談社学術文庫 (316))

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