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本と語学のはなし

『竜馬がゆく(七)』


司馬遼太郎竜馬がゆく(七)』(文春文庫)
 第二次長州征討は失敗した。孝明天皇は没し、勅勘を受けていた岩倉具視が、薩長と結びつきつつ朝廷工作を始めた。機は熟しつつある。朝廷主催という形で、四賢侯(薩摩・島津久光、伊予宇和島伊達宗城、越前福井・松平春嶽、そして土佐・山内容堂)による会議が京都で行われる。しかし容堂は、薩摩主導の討幕戦争に巻き込まれるのを嫌い、途中土佐に帰ってしまう。
 容堂から京都に呼ばれていた後藤象二郎は、藩の窮地を救うべく坂本竜馬に懇願した。長崎から京都に向かう船の中、竜馬が示したのが船中八策である。

 日本を革命の戦火からすくうのはその一手しかないのである。
 さらには、家康以来の徳川家の家名を日本の後代にのこす手もそれ以外にないし、また土佐の老公山内容堂の板挟みの苦しみを一挙に解決するの手も、これしかない。
 奇術的な手ではある。
 技術としては困難である。しかし右の三つの難問を一挙に解決できる手は、これしかないのではないか。(p.394)


 その手とは、幕府自らによる大政奉還である。
 これは何も竜馬の創見ではない。かつて勝海舟大久保一翁といった幕臣が授けた知恵である。だが、その説を開陳すべきタイミングを見誤らなかったという点で、やはり竜馬は偉かった。
 だけではない。当時の勤王家が恐らく考えもしなかった、幕府なき後の構想までしっかりと練られていた。薩長がいきなり武力革命に踏み切っていたら、別の短命な幕府が生じていただけかもしれない。
 船中八策。全部読んだのは初めてだろうか。全て書き抜いておく(表記は司馬に従う)。

 第一策。天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出づべき事
 第二策。上下議政局を設け、議員を置きて、万機を参賛せしめ、万機よろしく公議に決すべき事
 第三策。有材の公卿・諸侯、および天下の人材を顧問に備へ、官爵を賜ひ、よろしく従来有名無実の官を除くべき事
 第四策。外国の交際、広く公議を採り、新たに至当の規約(新条約)を立つべき事
 第五策。古来の律令を折衷し、新たに無窮の大典を選定すべき事
 第六策。海軍よろしく拡張すべき事
 第七策。御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事
 第八策。金銀物価、よろしく外国と平均の法を設くべき事 (p.411より)


 長らく読んできた『竜馬がゆく』も、いよいよあと一冊だ。

新装版 竜馬がゆく (7) (文春文庫)

新装版 竜馬がゆく (7) (文春文庫)