本の覚書

本と語学のはなし

長続きしないもの


 文語訳を読み始めた。心地よい。大正に改訳された新約とは違い、明治のままの旧約は句点がない。慣れないと読みづらいかも知れない。

又アダムに言給ひけるは汝その妻の言(ことば)を聴きて我が汝に命じて食(くら)ふべからずと言ひたる樹の果(み)を食ひしに縁りて土は汝のために詛(のろ)はる汝は一生のあひだ労苦(くるし)みて其より食を得ん (創世記3.17)


 ドイツ語は怠けていてもそれほど鈍りはしない気がする。『青春は美わし』、その気になれば一気に終わらせることができるところまで来ているが、きっといつまでも読了しないのだろう。

Ich hatte erzählt, wie es mir mit dem Gottesglauben gegangen war, und hatte mit der Behauptung geendet, wenn ich wieder gläubig werden sollte, müßte erst jemand kommen, dem es gelänge, mich zu überzeugen. (p.68)

私は神に対する信仰がどうなっているかを話し、自分がふたたび信仰を持つようになるためには、私を納得させることのできるだれかがまず出てこなければならない、という主張で結んだ。(p.55)


 たまたま開いた須賀敦子の文章に、何とか『アエネーイス』を原文で読むことができるようになって、ウェルギリウスしか使わないと言われる形容詞が、複雑な構文の中で香気を放って立ち上るのを理解したときの感動が忘れられない、というようなことが書かれていたのだけど、こういうのを見てしまうとじっとしていられなくなる。『魔の山』のセテムブリーニに扇動された時みたいに。*1
 メルクリウス神はカルタゴで呆けているアエネーアースに檄を飛ばす。

heu ! regni rerumque oblite tuarum ! (4.267)

ああこの汝、使命たる、
王国忘れ、みずからの、事業を忘れたるものよ!(上p.228)


 片やアキレウスのもとにはアテネ神がやって来る。ギリシア語はもうホメロスしか読まないだろう。もっと言えば、『イリアス』の第一巻だけかもしれない。

τίπτ’ αὖτ’, αἰγιόχοιο Διὸς τέκος, εἰλήλουθας ; (1.202)

アイギス持つゼウスの姫君よ、どうしてまたこんなところにおいでなされた。(上p.20)


 いまだに生活スタイルが確立してないがために、英語とフランス語はほとんど休止状態になっている。そんな時は、迂遠なやり方には相違ないが、こんなふうに潤いを取り戻してやるのがいい。たとえそれ自身はしばらく顧みられることがなくなったとしても、沁み込んだこれら言葉の響きが、向こう数日は少なくとも私の脳髄を涼やかな液体のごとくに浸してくれるのである。アテネの音連れに、私の事業も自然思い出されるだろう。

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