本の覚書

本と語学のはなし

伊藤整訳

And even on the Christmas roses the smuts settled persistently, incredible, like black manna from skies of doom. (p.9)

そしてクリスマスの薔薇の上にすら、裁きの空から降ってくる黒いマナ(訳注 イスラエル人が荒野を旅行中に神から恵まれた食物)のように、ひっきりなしに信じられないほど煤が降ってきた。(p.21)


 「incredible」を動詞を修飾するものとして訳しているが、文法上は主語にかかっているのだし、意味の上からもそのように取るべきだろう。同様に、「like」以下も動詞もしくは副詞を修飾するかのように訳されているが、強調して後置された形容詞「incredible」を説明していると取るのが素直な読み方だろう。
 マナは通常白いものと考えられているはずだ。*1そしてまた、天の恵みともみなされている。*2ところが、裁きの日に、空から一般の概念を覆す不吉な黒い姿でマンナが降ってきたかのような、信じがたい光景が広がっている。クリスマスローズ(キリストの生誕祭とマリアを思い浮かべずにはいられない名前だ)を汚しながら。恐らく、こういうことが言いたい文章なのだろうと思う。


 まだ少し読んだだけだが、伊藤整訳はかなり原文に忠実な、いわゆる直訳である。しかし、それ故にというべきだろうけど、ピントが外れているところもあれば、誤訳を犯しているところもある。読解のセンスを疑いたくなるところも散見される。今後は訳をあまり参考にはしないだろう。

*1:出エジプト記」16.13-16参照。なお、マンナを前表とする聖体は、白いウエハースとして作られている。

*2:「like manna (from heaven)」と言えば、「天の恵みのように」を意味する。