本の覚書

本と語学のはなし

「ジェルミナール」ジェルヴェーズ

 「お払いばこになって俺が辛いと思うのは、おっかさんのためなんだ。」と一口のみこんでから、彼が言った。「おっかさんは仕合せじゃない。でおれァ時々百スー金貨を送っていたんだ。」
 「して、何処においでなの、おっかさんは?」
 「パリだ……。洗濯婦して、ラ・グット=ドール街にいる。」(上p.63)


 鉄道会社で機械工をしていたエティエンヌは、わずかばかりの酒が入っただけで我を忘れて、上役を張り飛ばし、職を失う。今は流れて、炭鉱で働き始めたところである。
 ここで「おっかさん」と呼ばれているのが、『居酒屋』の主人公、ジェルヴェーズだ。「彼女は彼〔エティエンヌ〕の父親〔ランチエ〕から捨てられ、他の男〔クーポー〕と一緒になった後にも又彼の父親につかまり、自分を食い物にしている二人の男に挟まれて暮らし、彼らと共に泥溝の中、酒の中、汚物の中を転げまわっていたのである」と書かれている、まさにその辺りを、現在『居酒屋』の原書で読んでいる。
 『居酒屋』の冒頭、1850年5月に4歳だったエティエンヌは、『ジェルミナール』の冒頭では21歳だろうと言われている。つまり、この場面、1867年頃という設定のはずだ。『居酒屋』の最後は1869年だから、この時、我らがジェルヴェーズは『居酒屋』の中で、まだその晩年を生きていたことになる。
 『居酒屋』は中学の時にも翻訳で読んだが、さっぱり内容を覚えていない。エティエンヌの仕送りの話が出てくるかどうか知らないけど、『ジェルミナール』を思い浮かべながら読むのは楽しいにちがいない。


 『ジェルミナール』は炭鉱の話なので、暗くて息苦しいのだけど、それが結構好きだ。