本の覚書

本と語学のはなし

「イーリアス1」3行30分


 天邪鬼なのか、優先順位を決めたとたんに破りたくなる。『イーリアス』1巻を3行読んだ。107行目はどういうことなのかと考えていたら、30分も経ってしまった。

αἰεί τοι τὰ κάκ΄ ἐστὶ φίλα φρεσὶ μαντεύεσθαι, (1.107)

ever is evil dear to thy heart to prophesy,

いつも吉(よ)からぬことを予言するのがお前には楽しいらしい。


 ギリシア軍の総大将アガメムノンが預言者カルカスに毒づく場面である。
 英訳は分かりにくい。松平千秋の和訳は明快だが、英訳とは構造が違う。『ホメロス文法』*1の注釈を見ても、主語は「吉からぬこと」であるはずで、「予言するのが」という不定詞ではない(もちろん松平はそれを承知でこなれた日本語にしようとしているのだけど)。考えてみなくてはならない。
 「吉からぬこと」が「お前には楽しい」でいいとして、不定詞の部分は何なのだろう。英訳を見ても、注釈を見ても判然とはしない。だが、不定詞は形容詞などの意味を限定するために観点を示すことがある。少し離れてはいるが、「吉からぬこと」というのは予言するという点においてである、という風にとらえるべきではないだろうか。松平もそう取ったからこそ、「吉からぬこと」を不定詞の目的語に変換し、不定詞を主語として訳したのではないかと思われる。
 英訳がそのような意味になりうるのかどうか知らないが(英語そのものの法則より、ギリシア語の語順に敬意を表しているのかもしれない)、30分考えた末にそれ以外の解釈が思い浮かばないので、そういうことにしておく。


 長いこと放置していたので、時間ばかりかかってなかなか前に進まないけど、文法書や辞書を何冊も開きながらあれこれ考えるのは楽しい。優先順位の一番下に数学を押しやることになりそうな気がする。