本の覚書

本と語学のはなし

「居酒屋」皮肉?

Quand j’aurai besoin de la mort, je vous l’enverrai chercher. (p.334)

近ごろは、とんと音沙汰ないじゃありませんか (p.377)


 文字通りには「死が入用になったら、あなたに探しに行ってもらうわ」となると思うが、訳文は大分違ったことを言っている。直後に、文句を言われた洗濯女についての説明が続く。

Elle n’était plus exacte, ne venait jamais à l’heure, se faisait attendre des huit jours. Peu à peu, elle s’abandonnait à un grand désordre. (p.334)

彼女はもう以前のように几帳面ではなくなり、約束の時間はけっして守らず、一週間も待たせることがあった。しだいになげやりの度がひどくなってきた。(p.377)


 そうすると、どうも死が入用云々は強烈な皮肉なのではないかと思われてくる。あなたに死を注文しておけば、どうせいろいろ理由をつけて約束を破るに決まっているから、それだけ私の命も長らえさせることができるわ。
 しかし、こんなもってまわった言い方が自然に出てくるというのは奇妙な感じもするので、慣用的な表現なのかもしれない。それで和訳では皮肉の調子を全く出さずに、直接的な怒りの言葉としたのかもしれない。……本当にそうだろうか?