本の覚書

本と語学のはなし

『ノア・ノア』


●ポール・ゴーガン『ノア・ノア タヒチ紀行』(前川堅市訳、岩波文庫
 ゴーガン(ゴーギャン)はタヒチに2回行っているが、これは最初の時の記録。文明と因習のフランスを逃れて海を渡り、白人の住む地区を逃れて奥地に分け入り、原住民と共に暮らす。旅に出て13歳くらいの少女を妻として貰い受け、2年ほどして「やむを得ない家庭の事情」(111頁)により単身フランスに戻る。どれほど色彩と生命に満ちたタヒチに惹かれたか知らないけれど、結局はフランス人植民者に違いはなかったのではないかという気もする。
 生活費のために書いたらしいので文化人類学的、神話学的な報告も多いのだけど、画家の真実を知りたいと願う人間には、とうしても逃避的な態度に見えて仕方ない。書かれなかったことが多すぎる。芸術家の行動に倫理を求めるつもりはないが、表現には誠実であってもらいたい。
 巻末に付された訳者の解説によれば、2度目のタヒチでは幼な妻に1週間で逃げられ、生活は逼迫し、自殺未遂。やがてドミニック島に渡り、もう一度フランスへ渡る願望も抱いたが叶わず、その地で永眠する。


 カバーには「ゴーガン自身の手になる版画を多数収載」と書いてあるが、訳者の序には「本文中に挿入した木版画は、ゴーガンの絵をその友ダニエル・ド・モンフレが刻んだものである」とある。似てはいるが別のことだ。カバーの方が間違っているのだろう。嘘をついてはいけない。


 『月と六ペンス』*1に登場する画家のモデルはゴーガンである。あくまでモデルであってゴーガンそのものではないが、比較のために両方読むと面白いと思う。