本の覚書

本と語学のはなし

『フランク・オコナー短篇集』


●『フランク・オコナー短篇集』(阿部公彦訳、岩波文庫
 フランク・オコナーアイルランドの作家。IRAと関わりを持ち、1922年から23年にかけて当局に身柄を拘束された経歴も持つ。
 イエイツは彼を「アイルランドチェーホフ」と呼んだそうだが、短篇の名手チェーホフに擬しただけでなく、どこを切り取っても間違いなく匂ってくるアイルランドの香りもまた、その形容の意図するところではなかっただろうか。ジェイムズ・ジョイスはこのヨーロッパの田舎の知的風土を嫌悪しながらも、恐らくはついに逃れ切ることができなかった。そのアイルランドという土地がいったいどんなものであるのか、私には初めて分かったような気がする。
 田舎じみた濃厚な人間関係は至るところに描かれるが、たとえば「ルーシー家の人々」を読んでみるといい。カトリックも生活の中に根深く入り込んでいて人々は教区の中で管理されているのだが、謎に包まれながらも神父の恋が想像される「花輪」は現代の教会のスキャンダルに比べればはるかに美しい物語である。1916年の復活祭の時に起きた独立派による武装蜂起は、イギリスが首謀者を処刑するに及んで、やがて独立戦争へと発展する。義勇兵を軍に密告し殺害させたジャンボが、一転シン・フェインから追われる羽目になる「ジャンボの妻」などは、その頃のアイルランドの状況をよく伝えてくれる。
 どのような主題を扱おうとも決して陰惨になることはないけど、とりわけユーモアを求めるのであれば「はじめての懺悔」がおすすめだ。