本の覚書

本と語学のはなし

青春は美わし

 Mittlerweile hatten wir die letzte Hügelhöhe erreicht, die von einem Absatz zum andern nahe geschienen und sich hingezögert hatte. (p.31)

 そのうちに、丘の最後の高みに着いた。そこは一段一段と近くに見えていながら、手まどっていたのだった。(p.27)


 「sich hinzögern」というのは随分と強引な表現だ。hinzögern では辞書に載っていないので、前綴りを外して zögern を調べると、「躊躇する、遅滞する」という意味の自動詞である。自動詞は非人称で再帰的に用いられることはあるが、ここではどう見ても「丘の高み」を受ける関係代名詞のdie を主語としており、破格という感じはするものの、受動態の意味を持たされていると考えるよりほかない。
 日本語にも「雨に降られた」式の自動詞の受動態(いわゆる迷惑の受け身)は存在するが、ここではそのままでは日本語にならないので、主語を変え、能動態に訳してある。恐らく「のだった」という文末は、このドイツ語表現の持つニュアンスを汲み取ろうとした訳だろう。


 ドイツ語の辞書を引くのが面倒くさいなあといつも思っていたが、小学館の大辞典を使っていたのだから当たり前のことだった。一つサイズを落として、研究社の中辞典に替えてみる。それでも重さが気になるようなら、博友社の木村・相良にしよう。古臭くて最新のドイツ語を学ぶのには向かないけど、どうせ古いドイツ語しか読まないのだし、学生時代はもっぱらこれだけだったから勝手もよく分かるし、コンパクトで引きやすいし、木村・相良でいいかもしれない。


独和大辞典

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独和中辞典

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木村・相良 独和辞典 (新訂)

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