本の覚書

本と語学のはなし

アエネーイス 第4巻


 ややもすると英仏以外の語学は怠けがちになるのだが(いや、英仏もそうだけど)、今回そんな状況に活を入れたのは『魔の山』に登場するセテムブリーニだった。訛りがない完璧なドイツ語によって却ってドイツ人でないことが分かってしまうというイタリア人人文主義者にして世界共和国の信奉者であり、その父は高名な古典学者であった。主人公ハンス・カストルプといとこヨーアヒムが散歩をしているところに出会い、一緒にサナトリウムに帰ろうとする折に、いつもの熱した口調でこう言っている。

「少尉殿〔ヨーアヒム〕が勤務のご催促です。では帰りましょう。私も同じ道を帰るのですから。――『右の方、すなわち権勢並びなき地獄の王(Dis)の砦へ至る道』です。ああ、ウェルギリウスウェルギリウス。諸君、彼の右にいずる詩人があるであろうか。私はむろん進歩を信奉している。これはいうまでもない。しかしながら、ウェルギリウスは、いかなる近代人も知らないような形容詞を使いこなしているのです」(上p.132)


 そんなわけで、今日のウェルギリウス

non coeptae adsurgunt turres, non arma iuventus
exercet portusve aut propugnacula bello
tuta parant ; pendent opera interrupta minaeque
murorum ingentes aequataque machina caelo. (4.86-89)

もう建てはじめたその塔は、もはや聳えることをやめ、
部下は武技を練ることも、港の整備や戦争に、
備える砦の構築も、やめて事業の一切は、
―― 威圧的な城壁も、天に摩する築城の、
機械仕掛けも ―― 停止する。(上p.212)


 女王ディードーの恋の病のために国家の機能が停止するという、当時としても誇張表現ではあったろうが、今となっては思いつきもしないような描写である。
 「天に摩する築城の機械仕掛け」と訳されている machina aequata caelo は、文字どおりには「天に等しくされたマシーン」。ロエーブの訳注では、恐らくクレーンのことだろうと言う。もちろん現代のスカイスクレイパーには及ばないだろうけど、このクレーンにしろバベルの塔にしろ、昔から高く天へと伸びるものは「天を摩する」と表現され、畏怖されてきたようである。


【写真】
 カッセルの辞書で aequo を引くと、この部分が例文で出ていた。見えるだろうか? まあ、見えないと思うが大きな写真を載せるのも面倒くさいので、辞書の情報だけ載せておきます。


Cassell's Standard Latin Dictionary, Thumb-indexed

Cassell's Standard Latin Dictionary, Thumb-indexed

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